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ケフカについて書きます。二次創作あり(文章) 小話「数年前121~123」更新しました。(2015年8月9日)
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ケフカは、暗い自室のベッドで寝そべっていた。

外は夕闇に包まれ、シトシトと音がする。
ここ数日、夜になると雨が降っていた。
カーテンは締め切られ、部屋には明かりが一つも灯っていない。
ドアの隙間から漏れる僅かな光がケフカのシルエットを浮かび上がらせる。
右手を額の上に乗せ、眠ってはいなかった。

研究所での出来事は、ケフカにとっても不可解だった。

ありもしない扉を開き、侵入した。
シドにその扉は半年も前に無くなっていると指摘され、ケフカは帰り際に本当にドアがなくなっているかを確認をした。
やはり、そんな扉はなくなっていた。
その事に衝撃を受けなかったといえば嘘になる。
あの夜、門が開き、扉のノブを回した手の感覚が今だに生々しい。
しかし、実験室にいたことだけが事実で、それ以外の私が見た物は虚言だとシドに断じられた。

私が見た物が虚構ならば、夢だと思わなければ何なのだ。
私が見た物が夢ならば、どうして私は実験室にいたのか。
何が現実で、何が夢で、何が嘘なのか?

夢でもない、嘘でもない、ならば、
ああそうか、

夢でも嘘でもないなら、迎えに来たのだ。
先に逝った幾多の魂が、魔導の力を享受して、生き長らえている私を許せぬと迎えにきたのだ。
だから彼らは過去からやってきて、私を招きいれようとした。

それならば何故、現世に戻したのだ。

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トントン。

軽やかなノックの音。ケフカは現実に戻された。
「セリスです。」聞きなれた声が言った。
ハッと顔を上げた。

トントン。もう一度ノックの音がする。
ドアの向こうにセリスがいる。

顔が見たい。と思った。

「ケフカ、いる?」
ドアの向こうのセリスは問いかけた。

セリスの明るい声。
しかし、その声が、ケフカの中の憂鬱を引き起こし、上げかけた首を元に戻させた。
泥のような、暗澹たる妄想の中に、先ほどまでケフカはいた。
今は突然現れた光に、足が竦んでいる。
ケフカは物音も立てず、再び寝そべった状態に戻った。

「やっぱりいないかな。」ドアの向こうでセリスは呟いた。

そうして少しの時間、セリスはドアの前に留まっていたが、やがて諦めたように立ち去った。
こつ、こつ、という靴の音が小さくなり、聞こえなくなる。

暗い空虚な部屋にはサーサーと雨の音だけが聞こえる。

ケフカはゆっくりと身体を起こして、明かりの漏れているドアの方を向いた。
一歩一歩、足を引きずるようにして、ケフカはドアの前まで歩くく。
最早ドアの向こうに気配は無いが、今出ればまだ近くにはいるだろう。

そう思ったが、扉に手が伸びることは無かった。

目の前の白いドアが、まるで壁のように自分を拒んでいる。

雨の音が、軽やかなノックの音も、明るい声も、その足音もかき消していく。
十数分ドアの前に立っていただろうか。

「分かっていたことじゃないか。」

呟くような声が聞こえた。

「こうなることくらい。」

その声の主が自分だと気付いた。
 

翌日の夕方。
セリスは廊下を歩いていた。
今日も日中に会議や訓練があったが、やはりケフカは来ていなかった。
昨晩も部屋を訪ねたが、いないようだった。
どこへ行ってしまったのだろう。
セリスはため息をついた。
辺りにはすっかり人がいなくなり、今夜も雨が降るのだろうか廊下は薄暗かった。

目線の遠く先に、見慣れた姿が横切った。

「ケフカ?」セリスは声を掛けた。

その人は歩を止めてこちらを向いた。
暗くても分かる。
「…セリスか。」低い声でその人物、ケフカは言った。
「やっぱり。」セリスはほっとした声色で言って、走り寄る。
その様子をケフカは無言で見ていた。
「久しぶりね。」近くまで来てセリスは言った。
「そうか。」ケフカは僅かに首を傾げて呟く。
時間にすれば僅か数日だ。
「皆、どこにいるか知らないから、心配していたわ。」セリスは言った。
会えたことが嬉しかった。
昨日、今日とセリスは、ケフカの知り合いに居場所を知らないか聞いていた。
しかしその度に今ケフカと一番長く時間を共にしているのが自分であると自覚させられている。
「会議も来なかったから、もう何を聞こうと思ったか忘れてしまったわ。」
セリスは言った。
「…それは悪かった。」ケフカは言った。
セリスは違和感を感じた。
声や表情の様子。
ケフカの纏う雰囲気がいつもとは違う。
そもそも無断で何日もいなくなるという行為が、長く行動を共にしてきたセリスにしてみれば違和感があった。
「何かあったの?」セリスは聞いた。
何も無いはずが無いと思っていた。
「教えて。」セリスは言った。

少しの沈黙が流れる。

「何もないさ。」ケフカは答えた。
そしてセリスに背を向けようとする。
「え、待って。」そっけない様子に、セリスは慌てた。
背を向けたケフカは「もう、良いか?」と言い、歩を進める。
「何もなかったはずがないわ。ケフカ、いつもと全然違うわ。」
セリスは言う。
ケフカは足を止める。
「何があったの?」セリスはもう一度言った。

「…俺に近づくな。」ケフカは低い声色で言った。

セリスにはケフカの言っている事が理解できない。
「?どういう意味。」セリスは聞いた。

「言葉のとおりだ。」
背を向けたまま、セリスに対して、ケフカは言った。
「急にそんな事を言われて、はい、なんて言えないわ。近づいたらいけないって、どうして。」
セリスは幾分大きな声を出した。

しかし、ケフカはセリスの問いには応えずに、立ち去ろうとした。
一歩、二歩、とケフカの背中が離れていく。
「待って。」
セリスはとっさに、ケフカの手を掴んだ。
形のはっきりとしない感情に突き動かされた。
手を掴まれてケフカは足を止めた。
だが、セリスは言葉を繋げる事が出来ず、静まる。
ほんの少し体温のやり取り。
ケフカは握られた手をそのままに、ゆっくりと向き直った。
そしてセリスの手を取って、静かに自分の手から外す。
向き直ったケフカの目をセリスは見ていたが、ケフカは無表情を装ってセリスの顔を見ていない。
「ケフカ。」セリスは、ケフカの名をただ呼んだ。

ケフカは何も応えずに、また背を向けてしまう。
ケフカは苦悩の表情を浮かべていたが、セリスからは伺いしれない。
「じゃあ。」
ケフカはそれだけ言って、立ち去ってしまった。
セリスは呆然と後姿を見送るしかなかった。
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一晩経って、翌日からケフカは職務に復帰した。
セリスは訓練の時間が終わり、遠巻きにケフカを見つめていた。
ケフカは依然と変わらない様子で、隊の人間と話をしている。
ケフカは不在だった理由を他にも話していないらしく、セリスにはその質問が何度となく浴びせられた。
しかし、もちろん、セリスにもそれは分からないことだった。

セリスは昨夜の事を思い出していた。
ケフカは数日に及び姿を消した事について、何も言わなかった。
そして「近づくな。」と言った。
(ケフカは目を見ないで言った。)
ケフカの様子から、冗談で言っているのではないとセリスは思った。
だからこそ咄嗟に腕を掴んで、繋ぎとめようとした。
何か気に障る事をしてしまったのかと思い巡らせるが、見当が付かない。

セリスは、その一方的な拒絶に、自分が思ったよりショックを受けていることに気付く。
理由があるならば、言ってくれると思っていた。
(でも。)
訳も聞けずに、そのままなんて嫌だと思う。
セリスは顔を上げた。

セリスは周りに誰もいなくなった時を見計らい、ケフカに話しかけた。
「ケフカ。」
セリスに気付いたケフカはちらりと見る。
「昨日のことなんだけど。どうしても、納得が出来ないの。」
セリスは少し緊張しながら言った。
「ケフ…」
セリスが口に出すと、ケフカは視線をセリスの背後に向ける。
セリスはつられて、後ろを向く。背後には他の隊の将軍が歩いてくるのが見えた。
ケフカはセリスの姿がまるで目に入っていないかのように、後ろの者に話しかけ、横を過ぎて行き、
あっけなく、セリスの前からいなくなった。


セリスはいなくなったケフカを認識し、呆然とした。
(本当、だったんだ。)
うまく働かない頭で、セリスはぼんやりと思う。
(あんな一言で、終わってしまった?)
昨日の夜の一方的な言葉。
今のセリスには振り返ってケフカに向かって問いただす勇気が無い。
どこか、また以前のように接することが出来るのではないかと期待していたのかもしれない。
その期待が砕かれた。
セリスは背後にケフカの声を聴きながら、重い足を一歩ずつ踏み出し、その場から遠ざかっていく。
少しずつ、ケフカの声が遠ざかる。
何か理由があるならば、言ってくれると思っていた。
そんな関係を築けていたのではないかと思っていた。

でも、それは私が思い込んでいただけかもしれない。

セリスの脳裏を掠める。
ケフカにとって私は単に後輩の一人に過ぎなかった。
なまじ距離が近かっただけに、実際は疎ましく感じていたのかもしれない。
たまたま同じ力を持っていて、その縁で軍人として一人前に育ててもらった。
ケフカにとって、それは軍人として至極当然な義務的な行為に過ぎなかった。
今まで重ねてきた会話も、関係も、ケフカにとってはそうだったのかもしれない。
(私だけが信頼関係を築いていると過信していたのかもしれない。)

セリスはうな垂れて、室内へ戻った。

ケフカは隊の者との会話を終えて、部屋へと戻った。
数日ぶりに軍務に復帰したことで、無断で不在だったことの理由を隊の人間に何度か問われた。
しかし、理由は言えないとこちらが答えたことにより、隊の者は突っ込んで聞こうとはしなかった。
大方、連中は、皇帝をはじめ高位の幹部から、秘密裏に任務が下ったのだろうと想像したのだろう。
軍人でありながら魔法に関して誰よりも深く通じていることが、
他の者と比較してケフカが大きく秀でている面だった。
その知識や能力を買われて、特別な任務を下されることがよくあった。
もっとも、彼らは直接聞いて答えが得られなければ、近しい者に対しても聞いて回る。
おそらく、セリスにも聞いているだろう。
そうケフカは想像する。

(セリス…。)
ケフカはさっき話しかけてきたセリスを思い出した。

その時、
「………………。」
「…ッ。」
まただ。
またあの声が頭に響く。
闇の底から響くような、咆哮に近い幻聴。
鳴り響く、呼ぶような、責めるような、恨むような声。
ケフカは耐え難く、耳を塞いだ。
塞ぎたいのは耳なのか、頭なのか。
分からない。
「煩い。」
ケフカは呟いたが、声は治まる事はない。
断末魔のような嫌な声。
「やめろ。」
ケフカの声が次第に大きくなっていく。
「黙れ…。黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」
ケフカは大声を上げた。
ドアの外側の廊下を歩いていた人物は、ビクりとケフカの部屋の方を見た。
「ハァ、ハァ…。」
大声を上げた事で、幻聴は消えた。
あの声はケフカにしか聞こえない。
幻聴は魔導注入の副作用として認識されている。
それがやはり、今になって起こり始めているのだろうか。
考えたくなかった。

少し、落ち着いて、セリスの顔を思い出す。
さっきのセリスは、やや、ぎこちない顔をしていた。
ケフカは若干表情を曇らせる。

仕方が、無い。

今後、セリスに何かを教えたり、戦場で手助けすることもなくなるだろう。
今までは距離が近過ぎた。
今回はきっかけに過ぎず、遅かれ早かれ、離れることになっていた。

近過ぎた故に、いつの間にか無くてはならないものと認識し、依存していたのかもしれない。
ならば、離れた方が良い。

ケフカは思った。

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あれから数日。

セリスは平常心でケフカに接することが出来ないでいた。

所属する大隊自体が一緒であるため、
将軍であるセリスはケフカと接しない訳にはいかなかった。
仕事上必要なことであれば話をするのは当たり前だが、
それ以外の場面では話すことも目を合わせることもなかった。
将軍になる以前の事であれば、ところ構わず付きまとって、
理由を聞き出そうとしていたかもしれないが、今はそういう訳にはいかない。
それは単に2人が師弟という関係であり、セリスが一般の兵であったから出来た事だ。
今やセリス自身も多くの部下を抱える身である。
個人的なやり取りを部下に見せてはいけない自覚はある。
命を預かる立場、指揮をする立場なのだから当然だ。
しかし、そう思ってはいても、セリスはそれに慣れることが出来ないでいる。
話をしているその横顔が見知っている形、聞きなれた声であるにもかかわらず、
まるで別人のような感覚がした。
壁を感じる。近かったその存在が今は酷く遠い。

以前のような日常的なやり取りをしなくなった分、
セリスはケフカを見ていることが多くなった。
気付けば姿を遠巻きに見つめてしまう。
少し痩せたのではないかと思う。
以前より口数は減ったように感じる。
また、他の人とも距離を置いているように見えた。

セリスは自室に戻った。
本棚から会議で使用するための地図を取り出そうとする。
その地図は他の本と比べて大きいので本棚の下段に入れてある。
屈んで地図の背表紙の上を指で引くと、隣に並べていた赤い背表紙の本が滑り落ちた。
セリスはそれを手に取る。
子供の時、研究所にいた頃に良く読んだ絵本だった。
表紙に施されたキラキラとした飾りの幾つかは取れている。
紙の部分は幾分痛んでいるところもあった。
10年以上前にシド博士から貰った本。
セリスはページをめくった。
最初の一節に目を通す。

不意にケフカの声が聞こえたような気がした。
ああ。
セリスは思い出した。
小さかった時、私はケフカの膝の上に乗せられて、朗読を聞いていた。
時々、研究所を訪れるケフカにせがんで、本を読んでもらっていた。
ケフカの膝の上は、不思議と落ち着いた。
シド博士はいつも忙しそうで、周りの大人は距離を置いているように思えた。
実験を受けることになる子供にかかわりたくなかったのだろう。
そういえば孤児院を訪ねる大人も似たようなものだった。
私は人を寄せ付ける雰囲気ではなかったシド博士を避けて、ケフカに懐いていた。
孤児院から研究所に引き取られてひとりぼっちだと思っていたが、
本を読んでもらっているその時だけはその気持ちが取り去られていたような気がした。
恐らく、私はケフカに「甘えて」いたのだ。

いつからか、ケフカは仲間の人と一緒に研究所に住むようになっていた。
ケフカが住み始めてすぐの頃、また本を読んでほしいとせがんだが、
ケフカは「また今度」と言って行ってしまったのを覚えている。
それきりケフカと会うことがぱったりと止んだ。
あまり記憶にはないが、私は酷く寂しがったらしい。

シド博士は見かねて、私をケフカに会わせてくれた。
その時はケフカはベッドに寝ていて、起きてくれなかった。
声をかけたけれど、ケフカは目を開けてくれなかった。
覚えているのは白い部屋、白い明かり、白いベッド、青白い顔色。
思えば、あれは魔導注入を受けた直後だったのだ。
博士が相手をしてくれるようになったのは、その頃からだった。

結局、私に施されるはずだった魔導注入は延期に延期を重ね、
研究所に来てから数年の月日が経っていた。
実験を受ける身で、市街の学校に通うわけにはいかず、
魔導注入を受けるまでの間、帝国軍内の学校で教育を受けることになった。
学校では何歳も年上の訓練生と同席だったため、
同じ課題をしても敵うはずがなく、常に成績は下位だった。
成績は振るわず、いつ戦力になるかも分からない癖に、
シド博士に引き取られたというだけで優遇されている。
もともと軍人になりたくて、ここにいる訳でもないのに、
ただ流されるままこの環境にいると感じた。
その事を負い目に感じ、周囲に心を開くことが出来なかった。
私には友達と呼べる人はおらず、孤立していた。

あれから魔導注入を受けた後のケフカの姿を研究所で見ることはなくなったが、
代わりにその魔導戦士としての活躍が伝えられるようになった。
当時の私には何が凄いのか詳しい事までは分からなかったが、
側にいたケフカが称えられていることを誇らしく思い、憧れていた。
多くの人が、ケフカを尊敬していたし、私もケフカのようになりたいと思っていた。

ようやく魔導注入が可能になったと聞いて、私はとても喜んだ。
やっと魔導戦士になれる。スタートラインに立てると思った。
その頃になるとケフカが研究所を訪れることがたまにあったが、
力も何も持たない情けない境遇のまま会う事が憚られ、
会いに行くことは出来なかった。
私はシド博士には出来るだけ早くして欲しいと、
あまり口にした事のない、我が儘を言った。
博士は頷いていた。

魔導の力を手に入れてから、私はケフカの元に報告に行った。
誇らしい気持ちだった。
久しぶりに会ったケフカは驚いた顔をしていた。
報告すると不機嫌そうな顔になり
「取り返しのつかないことをしたな。」と言った。
てっきり褒めてくれると思っていたので、私は面を食らった。
ケフカは続けた。
「もう普通の人間には戻れないし、自分の身にこれから何が起こるのかも分からない。
魔導が原因の病になる可能性もある。分かっているのか。」
私は押し黙った。
その事を知らない訳ではない。寧
ろあらかじめシド博士から説明は受けていて、その危険は十分に分かっていた。
ただ、ケフカの雰囲気に気圧されたのだ。
私が無言でいると、ケフカは
「怖くないのか。」と言った。
ケフカの言葉を聞いて、私は考えた。
ちっとも怖くなんかなかった。
それは何故だろう?
そして答えた。
「一緒だから。怖くない。」

ケフカは一瞬だけ黙って、呆れたようにため息をついた。
「魔導の力を手に入れただけで、一人前になれたと思うな。」
ケフカの言葉は厳しかった。
ケフカはそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。
私は一人残された。
ケフカの言葉は厳しいと思ったがその通りだと思う。
私は甘い。

後日、シド博士とケフカが口論をしていたという事を聞いた。
私にはどうして、ケフカがシド博士と言い争うことになったのか、分からなかった。

それから、しばらくして、私は研究所を出て、シド博士の元を離れ、
他の訓練生と同じ生活を送ることを決めた。

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コンコン。
ノックの音。
セリスは顔を上げる。
「セリス、もうすぐ時間だぞ。」
時間が差し迫っていることを促す某将軍の声だった。
手にしていた絵本を本棚に押し込む。
セリスは、会議に必要な地図を取りに来ていた事を思い出す。
「嘘。」
時計を見て、かなりの時間が過ぎていた事に気付いて、セリスは驚いた。
「今、行きます。」
そう返事をすると、セリスは目的の地図を本棚から取り出し、立ち上がる。
ドアを開けると、某将軍が待ちかねたといった様子で、セリスが持つ地図を見せろと言った。
セリスと某将軍は話ながら慌ただしく議場へと向かう。

会議の内容は、近々行われる遠征についてである。
恐らく自分は参加すると思われたが、
(ケフカも参加するだろうか。)
セリスはそう思って、首を振った。
何となく、今日もケフカは来ないのではないかと感じたからだ。

セリスは議場の定められた席に着く。
会議は定刻通りに始まった。
ずらりと面々が並ぶ中、1つだけ空いている席。
やはりケフカは来なかった。
遠征参加者のリストにもケフカの名は無い。

(あの時から、変わってしまったのかな。)
ケフカが数日の間、行方をくらませたあの時。
諦めにも近い思いをセリスは抱きながらも、
あの時、ケフカに何かがあったのは間違いが無いと思っている。
それなのに解決の糸口がつかめないでいることに、焦りを覚えていた。

セリスは、会って話がしたいと思いながら、
上の空で、会議の内容を聞いていた。

数日後。
セリスは幾らかの荷物を抱え、宿舎を出た。
時刻は早朝3時を少し過ぎていた。

先日の会議にて、セリスは先発隊として遠征に参加することが決まり、
今日までに慌ただしく出立の準備を済ませた。

日の出まではまだ時間がある。
今日は満月のはずだったが、雲に覆われた空は漆黒であった。
夜の露を含んだ空気。寒さが残っている。

湿った冷たい空気を吸い込みながら、セリスは宿舎を横切り、門へと向かった。
何気なく宿舎の方を見上げると、一室だけ、明かりの灯っている部屋があった。
ケフカの部屋。
以前は頻繁に出入りをしている部屋だったので間違えようがなかった。
ほの暗い明かりが部屋を照らしている。
明かりは机上のランプの物かと思われた。
(まだ、起きてるのかな。)
セリスは思った。
セリスが歩を進め部屋の直下に来る頃には、その窓際にわずかに人影が見えた。
少し心臓が鳴る。
(仕事、してるのかな。)
周囲が全て消灯されている中、ケフカの部屋だけはぼんやりと明かりを放ち、
闇夜に浮き上がって見える。

セリスはケフカの他人行儀な振る舞いを思い出した。
(近づくなと言われたのに。無視をされたのに。)
(でも…。)
そう、暗い気持ちに沈みそうになった時、

「セリス将軍。」
不意に背後から誰かに呼ばれた。
セリスの配下の者だった。
近づいてくる気配に気づけなかったと感じ、セリスは表情に若干焦りの色を滲ませてしまう。

(他人には見せられない顔をしていた。)
セリスは瞬間的に思った。

セリスはゆっくりと兵士の方へと振り返って、
「どうしました。」と答えた。
兵士が話しを始めた。
「…何か、聞きたいことがあるのですか?」
セリスは動揺を抑えながら応じる。
応じながら、
(夜明け前で良かった。)と感じていた。
動揺が悟られては示しがつかない。

会話は何事もなく終わり、配下の者は去って行った。
セリスは部屋に見える影に後ろ髪をひかれる思いで、歩を進める。

セリスは自分がケフカの事が気になっているのだと改めて自覚する。

前方に明かりが見え、兵士たちが次々と集まっているのが見えてくる。
ざわざわと、出立直前の特有の兵士たちの熱気が伝わってくる。
(遠征の直前だというのに…。)
士気の高い彼らの様子を見て、セリスは自分がひどく自制心に掛けていると感じた。

いつの間にか現れた黄色い満月が、雲間から見え隠れする。
セリスはいつの頃からか、月に精神を乱されることが度々あった。
それは軽い物であったが、満月の夜には影響が大きい。
(心が乱れているのは満月のせいだ。)
セリスはそう思い込むことで、自分を保とうと思う。

(帝国将軍ともあろう者が。…未熟者。)
セリスは己を叱責する。

セリスは表情を引き締めて、兵士たちの中に合流した。

ケフカは手がけていた仕事がひと段落し、少しだけ伸びをした。
午前3時。
ケフカは現在、軍の編成や作戦を立てる立場にある。
先ほどまで作成していた物は、来年に行われる予定の遠征の為の資料だった。
ケフカは自らが作った資料を指でなぞる。
(これも無駄になるかもしれない。)
ケフカはそう思いながら、立ち上がった。

窓際に座り、外を眺める。
満月が少し見えては、再び厚い雲に隠れる。
星までは見えなかった。

ケフカは不眠症の状態が続いていて、今夜も時間潰しを兼ねて仕事をしていた。
これまでも再三訪れる悪夢により眠りの浅いことが多かった。
不眠の兆候はあったと言えるが、研究所での一件が引き金になった。
体は疲れていても、精神が眠りを欲しようとしない。

…キィーン
右耳で少し耳鳴りがして、ケフカは幾分顔をしかめた。
幻聴の前触れ。
深呼吸をして、気分を落ち着かせる。
そうしている内に、耳鳴りは止んだ。

幻聴の症状も悪化の一途を辿っていた。
ここ数日は幻聴は昼夜を問わずに起こり、頻度も徐々に高くなっている。
恐ろしいのは、その幻聴が現実に聞こえる声に徐々に似てきている点だった。
今は自分にしか聞こえない幻聴であると認識できる。
しかし、いつか現実の音と幻聴との区別が付かなくなったら?
そう思うとケフカは怖かった。
再び研究所に侵入した時の様に、おかしな行動をしたら?

ケフカに突きつけられているのは、自分で異常な行為を制御出来ないという事実だった。
客観的に見て、自分には軍人としての資格はもはや無いと言わざるを得ない。

自分と同じ時期に魔導注入を受け、重い後遺症を患った彼らの事を思い出す。
そして、先に逝ったウィリアムとフィリップ。
彼らが見舞われた症状が、脳裏をよぎった。
病室に隔離され、会話もままならなかった。
彼らはあそこから生きて出る事が出来なかったのだ。

少し頭痛がした。
窓を開けて、空気を入れ替えようと思う。
冷たい空気がゆっくりと入り込む。
(ましてや、軍の指揮を執る人物として相応しいはずがない。)
ケフカはそう思った。

シド博士が、研究室に侵入した件を皇帝に報告をすれば、何らかの沙汰が下るだろう。
(そうしたら…。)
(どうする?)
そう自分に問いかけると、ゆっくりと自分の何かが崩れていくような感覚がした。

ギリ…。
無意識にケフカは唇を噛んだ。
(皇帝…、シド…。)
一瞬、昏い感情が鎌首をもたげるのを感じた。

その時、びゅうと、冷たい風が吹き込み、カーテンが煩くはためいた。

ケフカは、囚われた感情から無理やり意識を外した。

全ては終わったことだ。
研究室侵入の件で、沙汰が下ったら、
(そうしたら…。ここを去ろう。)

残された時間は少ない。
ケフカは思った。

皇帝の間。
ガストラ皇帝とシドが対峙していた。
「珍しいなシドよ。どうした?まだ援助が必要か?」
ガストラ皇帝は、そう笑ってシドを揶揄した。
シドは近頃、自分からは滅多にここを訪れないが、魔導研究所の運営が軌道に乗る前は、
良く援助を申し出に来ていた。
ガストラはそのことを思い出していた。
「そのようなことは…。」
シドは幾分冷や汗をかいた。
金が用の時以外は、来ないと責められているように思えたからだ。

「陛下。ケフカ・パラッツォの事で伺いたい事がございます。」
シドは本題を切り出した。
「ケフカの件?」
ガストラは訝しげにシドの問いを反芻した。
シドは、ガストラが幾分探るような目つきをし椅子に掛けなおした事には気付かなかった。
「さて、申してみよ。」
ガストラは言った。
シドは、ケフカの魔導研究所侵入の顛末を話し出した。

「彼が研究室内で発見された時は、心神耗弱の状態でしたが、時間をおいて再び問いただしても、
ケフカ個人でした事だと言うばかりだったのです。」
「しかし、陛下の下した任務であれば、私の存じていないところだと思い、
もしかしたらと思い伺った次第です。」
「うむ。」
シドが話し終えると、ガストラは頷いた。
「話は分かった。しかし、そのようなことを命じてはおらぬ。」
ガストラはそう言いながら、また椅子に掛けなおした。
「うむ、そうですか。」
シドは言った。
「奇異だな。あそこに忍び込むとは、おかしなことをするものだ。」
ガストラは言う。
「はい。」
「しかし忍び込むとは、奴にしては解せぬ理由よ。お主の申す事は本当なのか?」
「は?」
ガストラの問いにシドは首を傾げた。
「余の記憶では奴が逆らった事は無い。主を疑うわけではないが。」
ガストラは少しバツが悪そうに言った。
「…。全て申し上げた通りでございます。」
「気を悪くしないでくれ。シドよ。余は皆が思っているより、あの男を買っているのだ。」
ガストラ皇帝は言った。

「シド。」
「はい。」
「実は、だ。」
ガストラは様子を変えて話し出した。
「実は、余も、奴の最近の挙動に違和感があってな、探らせていたのだよ。」
「えっ。」
ガストラの告白に、シドは驚いた。
「奴の部屋から奇声や大きな物音がすることがあると報告があったのだ。
それで、その近辺の挙動を探らせていた。」
「…。」
「その結果、奴が数日前に何日か行方を眩ませていたことが分かった。」
「それは…。」
「お主の話と、合致している。」
「…。」
「行方を眩ませてからは殆ど訓練や会議にも参加していない。
その間何をしているかと言えば、部屋に籠っているということだ。」
「お主も知っている通り、これまでそのようなおかしな挙動は無かった男だ。」
「ええ。」
「シドよ。ひょっとして、始まってしまったのではないかと思うのだが。」
ガストラは言った。
シドは皇帝の言わんとしている事を察して、ケフカの様子を思い出した。
思い当たる節がある。
「…。」
「奴と直接話がしたい。呼んで参って欲しい。」
皇帝は言った。

 

ケフカの部屋。

空間が歪むような眩暈がして、ケフカは机に手を点いた。
眼の焦点が合わなくなっていき、机の木目模様がぶれて見える。
(少し休めば治まるはず。)
ケフカは息をゆっくりと吐いた。
しかし、その行為は虚しく、視界は急激に暗く狭まっていく。
自分を中心に世界が閉じられるような感覚がした。
立っているのか、座っているのか、上なのか、下なのか、前なのか、後ろなのか……。
いつの間にか前後が不覚になり、ケフカにはもはや自分がどのような姿勢を取っているのか分からなくなる。
クラりと一際大きな眩暈がして、ケフカは膝を付いたような気がした。

ざわざわと囁くような声が聞こえてくる。
(幻聴だ。)
ケフカはそう思った。
しかし、幻というには、現実感の伴い過ぎた声だと思う。
(誰かいるのか?)
まるで近くで人が話しているかのような声に戸惑いを覚えた。
段々、音が大きくなる。
酷く耳障りな声だ。
この世の物とは思えない声に、呼ばれているとケフカは思った。
ケフカは何かの気配を感じる。
視線の先に声の主がいて、その主が形を成しつつあるのが分かる。
徐々に近づいて、姿が顕在化する。
悪鬼の如き異形の、恐ろしい姿をした者だった。
ケフカは恐ろしく感じたが、まるで夢の中にいる時のように動けず、
様子を見ていることしか出来ないでいる。
まるで冥界からの使者のようだと思った。
悪鬼のような者は、ケフカの目の前まで近づいて、長い爪の伸びた手を広げた。
そして、ケフカの顔面を鷲掴みにする。
ケフカの体は不自由で、動くことは出来ず抵抗も出来ない。
悪魔が手に力を込めて、その爪がギリギリと頭にめり込んでいくのが分かった。
頭が割れそうな痛みに、ケフカは(このまま死ぬのだろうか。)と思う。
わずかに見える視界が赤くなる。
ケフカは何故かベクタの夕日を思い出した。

もう一つ幾分小さい影が近づいてくる。
悪魔ではない、人間だ。
人間が顔を上げる。
ケフカの顔を押えている悪魔の指の隙間から、その顔が見えた。
男だ。
ケフカはその男の顔に見覚えがあった。
影の男が口を開く。
「……、…………。」
特徴的な訛りの言語。
遠い昔、聞き覚えがあった。
サマサの魔導士だ。
ケフカはその男の顔を思い出した。
自分が手に掛けた人物だったかもしれない。
「…、……。」
サマサの魔導士は笑っていた。
魔導の力を利用した報い、だと言いたいのか。
いつの間にか、顔を掴んでいた悪魔の姿は消えていた。

「…!」
しかし、落ち着く間もなく、今度は少し遠くで大きな声が聞こえる。
「オイ!」
はっきりと聞こえた。
バァンと大きな音がして、一際大きな悪魔が近づいてきた。
ケフカは恐ろしいと思った。
今度こそ、体を引きちぎられるかもしれない。
じわじわと大きな悪魔が目の前まで近づいて来る。
ケフカは見ていることしか出来ないでいた。
悪魔がついに腕を伸ばし、ぐいとケフカの肩を掴んだ。
「!」
恐怖に駆られ、ようやくケフカは悪魔の手を振りほどいた。
「ケフカ、ドウシタンダ?」
悪魔が口を開いた。
間近で声を聴いてケフカは何かに気付く。
「…。」
少しずつ、世界が開けていく。
「大丈夫か?」
悪魔がシド博士に姿を変えていた。
「博士…。」
目の前にいた悪魔はシド博士になり、気が付けば周囲の赤い景色も、サマサの魔導師も、消えていた。
「ケフカ、大丈夫か?」
シドが心配そうな表情で自分に話しかけているのを、ケフカは理解した。

シドは、ガストラ皇帝にケフカを呼んできて欲しいと頼まれ、軍の宿舎に足を踏み入れていた。
皇帝が放った諜者は、ケフカが今の時間宿舎の自室にいることを調べていた。
ガストラ皇帝の洞察力にはシドでさえ、時より恐ろしくなる。
軍の宿舎は静まり返っている。
既に遠征が始まっているためであろう、人が殆どいない。
本来、軍に所属している者が日中の今の時間に宿舎にいるべきではないのは、
シドのような身分の者でも分かる事だった。
セリスも遠征に参加しており、ベクタにはいない。
近頃、ケフカの動向を気にしているセリスがしばらく不在であるのは、
シドが幾分ほっとしている部分でもあった。

(ケフカの周囲に何か特別な事が起こっている。)
皇帝から聞いた件と、自ら経験した事を繋ぎ合わせて、シドは思った。
研究所への無断の侵入、その後の様子の変化、奇声を上げているという目撃談、
そして遠征の期間にも関わらず自室に閉じこもっているという事実。
様々な事態が彼を中心に同時に起こっている。
偶然ではないだろう。


シドは部屋の前まで来て、何か声がするのに気づく。
何か異常な雰囲気を感じて、ドアに耳を寄せる。
ガタンと物音もした。
何かうめき声の様な物がした。
「ケフカ。シドだ。話がある。開けてくれないか。」
シドはドアを叩き、室内に呼びかけた。
が、返事は無い。
うめき声が聞こえるだけだった。
「ケフカ、いるのだろう。」
中から聞こえる声は間違いなく、ケフカの物だが、ドアが開く気配はなかった。
「おい!」
シドは声をかけて大きくドアを叩く。
様子がおかしいと感じ、ノブを回すが、当然鍵がかかっている。
シドは幾分躊躇しながらも、扉を強引に開けるしかないと思った。
ドンと一度体当たりをする。
もう一度、何度も。
周囲に大きな音が響くが、幸い辺りに人はいない。
数度の衝撃で鍵は歪み、扉は開いた。
シドは中を部屋の中を覗く。

ケフカは、床に座っていた。
机に背をもたれ、まるで人形のように脱力している。
足は広がったまま、両の手はだらりと床に落ちている。
シドが室内に立ち入ったのは、あの位置であれば見えているはずである。
しかし、ケフカの目は中空を見ていて焦点があっているでもない。
口は開いたままで、言葉にならないうめき声を上げている。

シドはその様子に、顔をしかめ、目を細めた。
ケフカは恐らく、幻覚の症状に見舞われていると思った。
魔導注入による疾患が発症しているのが、火を見るより明らかだったからだ。
シドはケフカにゆっくりと近づいた。
魔導注入による疾患で見る幻影は、最悪の悪夢である。
幻覚を見ている者は暴れる事もあるので、近づくことは本来であれば危険と言える行為だった。
そういう場合、通常は数人で押えるが、今は一人でしなければならない。
シドはケフカがこちらを見たような気がした。
「おい。大丈夫か。」
シドは声をかける。
「…。」
ケフカは幾分声に反応し、顔を上げた。
シドはケフカの顔を覗き込む。
「……!」
シドはケフカの乱れた髪の隙間から除く、昏い眼光に悪寒を感じた。
(ケフカは私を見ているのではない。まだ別の何かを見ている。)
シドは思った。
「ケフカ、大丈夫か?」
シドは再び声を掛けて、ケフカの意識を戻そうとする。
シドの良心が、ケフカを早く悪夢から解放してやりたいという思いにさせた。
シドがゆっくりと腕を伸ばすと、ケフカは身を強張らせた。
強引にケフカの肩を掴むと、ケフカの目が恐怖に見開かれ、腕を払いのける。
「おいっ!」
シドが臆せずに大声で呼びかけると、ケフカはびくりと動いた。
「………。」
ケフカは目元だけで、周囲を見回す。
目が覚めただろうか。
シドはケフカの様子を窺った。
「博士…。」
ケフカはこちらを見て言った。
「君は…。」
シドは何かを言いかけた。

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シドは床に座っているケフカに目線を合わせるようにしてしゃがみ込む。
「落ち着いたか。」
シドはケフカの意識がはっきりしているかを確認するために、声をかけた。
「…博士?何故、ここに。」
呆然とした様子でケフカは答えた。
ケフカにしてみれば、先程まで自分以外はいなかった自室にシドが存在している事に違和感がある。
「陛下がお呼びだ。私はそれを伝えに来た。」
ケフカの返答が明確である事を受け、シドは言った。
「陛下が?」
ケフカは表情を曇らせ、訝しげに疑問を口にする。
シドは「ああ。」とだけ答えた。
そして、
「君は、君のその症状。いつからだ。研究所に侵入した時にはもう自覚があったのではないか。」
 相手の様子は意に介さぬ様子で詰問する。
「……。」
ケフカはシドの問いには答えずに沈黙した。
「…やはり、答えてはくれぬのか。」
シドは呟いたが、その言葉は宙に浮かんで、かき消えた。


「…陛下がお呼びならば、行かなければ。」
ケフカはそう口にして立ち上がろうとした。
「待て、まだ…。」
シドは制止する。
幻覚の発作に見舞われた直後である。
まだ動くには身体の負担が大きいと思った。
ケフカはようやく立ち上がったが、額には汗が滲み、ゆっくりと踏み出した足はよろめいてしまう。
遂には息を荒げて本棚に手を付いた。
シドには、ドアの方を見つめるその眼が、まるで手負いの獣の様だと感じた。
「その様子で歩いていくのは無理だ」
シドは言ったが、ケフカが止まる様子は無かった。
「陛下は君に見張りを付けていたのだ。君の様子がおかしいとお気づきになって。」
シドはケフカを呼び止めるかのように話し始めた。
「君が研究所に侵入した事は、私から陛下にお伝えしたが、陛下は私が話す前から君の様子がおかしいとお気づきになっていた。
魔導の後遺症が始まったのではないかと仰っていた。」
シドの言葉に、ケフカは振り向いた。
シドはケフカの傍に歩み寄り、
「今も見張りは恐らく近くにいるだろう。君の状態も、じきに陛下の耳に入る。」
そう小声で言った。
「……。」
ケフカは中空を見つめて何かを考え込んでいるようだった。
「君は陛下に非常に信頼されている様だ。陛下はお待ちだが今は少し休んでも問題あるまい。」
ケフカの体調が思わしくないと感じたシドは言う。
「これからの事は、後程考えたら良い。」
「……これから?」
シドが言った“これから”という言葉にケフカは反応した。
「ああ…。しかし君に必要なのは休養だ。今後の事はまだ考えなくとも良い。陛下には少し時間がかかると伝えてこよう。」
シドはそう告げて、背を向けた。


魔導の注入による後遺症は精神に異常を来たす病だ。
治る見込みは無いだろう。
それが発症しているならば、職を辞して療養すべきである。
しかし、一方でそれはケフカの軍人としてのキャリアが途絶えることを意味していた。
キャリアだけではない。
病が重くなれば彼の日常の生活も失われることになるだろう。
普通の人間であれば、打ちひしがれ絶望的な思いになる可能性も高い。
(君には気の毒な事をした。)
シドは罪悪感に苛まれながら、ケフカに出来る限りの治療を施そうと考えていた。
「君の力になりたい。」
シドは憐れみを込めて言うが、
「…。」
ケフカはシドの言葉には答えなかった。
「…、扉を修理しなければな…。」
シドはケフカの反応が無い事に幾分残念そうな表情をする。
「落ち着いてから、来ると良い。」
シドはそう呟いて、部屋を出て行った。

カチ…カチ…。
朦朧としていた意識が、徐々に覚醒していき、ケフカは時計の音を認識する。

「…“これから”……。」
一人残された部屋で呟いた。
そうシドは言ったが自分には“これから”などあるのだろうか。
魔導の力を手に入れて、代わりに得た物は何だったのだろう。
帝国軍での幾らかの地位と名声。
それもじきに失われる。
後遺症が発症したことが、シドや皇帝に知られてしまった。
目を逸らしていた事を付きつけられたように感じた。
時間が動き出す。
愚かだった。
所詮、捨て駒、実験台としてしか見られていなかったのに、皇帝やシドを信用した。
この仕打ちは愚かさの代償。
漠然とした考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消える。
この病で死んだ者達と同じ末路を辿るならば、今後正気でいられる時間は長く無い。
結局、全てを失うのだろうか。
絶望に涙も出ない。
段々、思考が澄んでいく。
暗く、黒く。

何故、失わなければならないのだろう。

残された時間。

どうしたい?

皇帝の間。
シドはガストラ皇帝に、ケフカの後遺症が発症していた事を伝えた。

「…やはりか。お主の言うとおりになったな。」
皇帝は呟き、シドは頷いた。
「例外は無かったということか。」
皇帝はふぅと嘆息した。
「お主は奴がいつまでも、軍を統率出来るとは思っていなかった。
だから、病が発症する前に奴を研究所へ引き入れたいと言っていたのだろう。」
皇帝は言った。
軍人としてのキャリアが長ければ長いほど、失った代償は組織にとっても本人にとっても大きくなる。
魔導研究員という立場であれば、ケフカ本人の資質も生かす事が出来、病を発症させても人知れず治療をすることが出来る。
シドはそう考えていた。
シドはこれまでケフカに魔導研究所で働くように持ちかけていたが、その度に断られていた。
今にして思えば、ケフカは自分の傍に寄り付きたくなかっ たのかもしれない。そう思う。
もっとも、病が発症してしまった今では、その計画も霧散したと言える。
そのうち働くことも出来なくなるだろう。
シドの脳裏ではケフカが現在の職を辞した後の治療プランが着々と練られていた。

ガストラ皇帝はそのシドの案に概ね同意していたが、
「魔導の注入から10年以上だ。それが今になって発症するとはな…。儂はお主の言う事が外れはしないかと思っていた。」
実際はシドの予測自体が外れる事を願っていたらしい。
「…。」
皇帝の言葉に、シドは複雑な表情をする。
「お主には結果が分かっていたのだな。」
皇帝は淡々と言った。
「さて。奴の今後だが…。」
皇帝は話し始める。

魔導注入から十数年を経てなお魔導戦士として活動しているケフカは、魔導研究の創世記から関わっていた者とっては特別な存在だった。
それは皇帝であるガストラにとっても例外ではない。
ケフカに今回、魔導の後遺症が発症してしまった事は、皇帝に少なからぬ衝撃をもたらしていた。
それはシドの研究結果が示す、初期の魔導注入被験者の後遺症発症率が9割9分を超えているという事実とは別の、
人間としての心情がもたらした衝撃だった。
「奴は帝国のために魔の力を手に入れ、そして壊れた。壊れる定めにあるにも関わらず、従順にも儂の手足となり、勤め上げたのだ。
奴が帝国の魔導の歴史の一端を担ったことに疑いは無い。儂は功績に応じた地位を用意してやりたいと思っている。」
皇帝は言った。
”功績に応じた地位”という文言にシドは幾分眉をひそめた。
 (陛下にはあの男を退任させる気は無いのだろうか。)
そう違和感を覚える。
「失礼致します!」
シドが疑問を口にしようとした時、見張りの者が間の入り口で声を上げた。
「ケフカ殿が参られました。」
「うむ、通せ。」
皇帝は答えた。
「…では、私はこれで。」
シドはその場に自分がいる事は相応しくないと思い、辞そうとしたが、
「待て。お主にもいてもらいたい。」
皇帝は呼び止めた。
「…承知。」
シドは不穏な思いを抱えたまま答えた。

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