シドは、ガストラ皇帝にケフカを呼んできて欲しいと頼まれ、軍の宿舎に足を踏み入れていた。
皇帝が放った諜者は、ケフカが今の時間宿舎の自室にいることを調べていた。
ガストラ皇帝の洞察力にはシドでさえ、時より恐ろしくなる。
軍の宿舎は静まり返っている。
既に遠征が始まっているためであろう、人が殆どいない。
本来、軍に所属している者が日中の今の時間に宿舎にいるべきではないのは、
シドのような身分の者でも分かる事だった。
セリスも遠征に参加しており、ベクタにはいない。
近頃、ケフカの動向を気にしているセリスがしばらく不在であるのは、
シドが幾分ほっとしている部分でもあった。
(ケフカの周囲に何か特別な事が起こっている。)
皇帝から聞いた件と、自ら経験した事を繋ぎ合わせて、シドは思った。
研究所への無断の侵入、その後の様子の変化、奇声を上げているという目撃談、
そして遠征の期間にも関わらず自室に閉じこもっているという事実。
様々な事態が彼を中心に同時に起こっている。
偶然ではないだろう。
シドは部屋の前まで来て、何か声がするのに気づく。
何か異常な雰囲気を感じて、ドアに耳を寄せる。
ガタンと物音もした。
何かうめき声の様な物がした。
「ケフカ。シドだ。話がある。開けてくれないか。」
シドはドアを叩き、室内に呼びかけた。
が、返事は無い。
うめき声が聞こえるだけだった。
「ケフカ、いるのだろう。」
中から聞こえる声は間違いなく、ケフカの物だが、ドアが開く気配はなかった。
「おい!」
シドは声をかけて大きくドアを叩く。
様子がおかしいと感じ、ノブを回すが、当然鍵がかかっている。
シドは幾分躊躇しながらも、扉を強引に開けるしかないと思った。
ドンと一度体当たりをする。
もう一度、何度も。
周囲に大きな音が響くが、幸い辺りに人はいない。
数度の衝撃で鍵は歪み、扉は開いた。
シドは中を部屋の中を覗く。
ケフカは、床に座っていた。
机に背をもたれ、まるで人形のように脱力している。
足は広がったまま、両の手はだらりと床に落ちている。
シドが室内に立ち入ったのは、あの位置であれば見えているはずである。
しかし、ケフカの目は中空を見ていて焦点があっているでもない。
口は開いたままで、言葉にならないうめき声を上げている。
シドはその様子に、顔をしかめ、目を細めた。
ケフカは恐らく、幻覚の症状に見舞われていると思った。
魔導注入による疾患が発症しているのが、火を見るより明らかだったからだ。
シドはケフカにゆっくりと近づいた。
魔導注入による疾患で見る幻影は、最悪の悪夢である。
幻覚を見ている者は暴れる事もあるので、近づくことは本来であれば危険と言える行為だった。
そういう場合、通常は数人で押えるが、今は一人でしなければならない。
シドはケフカがこちらを見たような気がした。
「おい。大丈夫か。」
シドは声をかける。
「…。」
ケフカは幾分声に反応し、顔を上げた。
シドはケフカの顔を覗き込む。
「……!」
シドはケフカの乱れた髪の隙間から除く、昏い眼光に悪寒を感じた。
(ケフカは私を見ているのではない。まだ別の何かを見ている。)
シドは思った。
「ケフカ、大丈夫か?」
シドは再び声を掛けて、ケフカの意識を戻そうとする。
シドの良心が、ケフカを早く悪夢から解放してやりたいという思いにさせた。
シドがゆっくりと腕を伸ばすと、ケフカは身を強張らせた。
強引にケフカの肩を掴むと、ケフカの目が恐怖に見開かれ、腕を払いのける。
「おいっ!」
シドが臆せずに大声で呼びかけると、ケフカはびくりと動いた。
「………。」
ケフカは目元だけで、周囲を見回す。
目が覚めただろうか。
シドはケフカの様子を窺った。
「博士…。」
ケフカはこちらを見て言った。
「君は…。」
シドは何かを言いかけた。
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