シドは床に座っているケフカに目線を合わせるようにしてしゃがみ込む。
「落ち着いたか。」
シドはケフカの意識がはっきりしているかを確認するために、声をかけた。
「…博士?何故、ここに。」
呆然とした様子でケフカは答えた。
ケフカにしてみれば、先程まで自分以外はいなかった自室にシドが存在している事に違和感がある。
「陛下がお呼びだ。私はそれを伝えに来た。」
ケフカの返答が明確である事を受け、シドは言った。
「陛下が?」
ケフカは表情を曇らせ、訝しげに疑問を口にする。
シドは「ああ。」とだけ答えた。
そして、
「君は、君のその症状。いつからだ。研究所に侵入した時にはもう自覚があったのではないか。」
相手の様子は意に介さぬ様子で詰問する。
「……。」
ケフカはシドの問いには答えずに沈黙した。
「…やはり、答えてはくれぬのか。」
シドは呟いたが、その言葉は宙に浮かんで、かき消えた。
「…陛下がお呼びならば、行かなければ。」
ケフカはそう口にして立ち上がろうとした。
「待て、まだ…。」
シドは制止する。
幻覚の発作に見舞われた直後である。
まだ動くには身体の負担が大きいと思った。
ケフカはようやく立ち上がったが、額には汗が滲み、ゆっくりと踏み出した足はよろめいてしまう。
遂には息を荒げて本棚に手を付いた。
シドには、ドアの方を見つめるその眼が、まるで手負いの獣の様だと感じた。
「その様子で歩いていくのは無理だ」
シドは言ったが、ケフカが止まる様子は無かった。
「陛下は君に見張りを付けていたのだ。君の様子がおかしいとお気づきになって。」
シドはケフカを呼び止めるかのように話し始めた。
「君が研究所に侵入した事は、私から陛下にお伝えしたが、陛下は私が話す前から君の様子がおかしいとお気づきになっていた。
魔導の後遺症が始まったのではないかと仰っていた。」
シドの言葉に、ケフカは振り向いた。
シドはケフカの傍に歩み寄り、
「今も見張りは恐らく近くにいるだろう。君の状態も、じきに陛下の耳に入る。」
そう小声で言った。
「……。」
ケフカは中空を見つめて何かを考え込んでいるようだった。
「君は陛下に非常に信頼されている様だ。陛下はお待ちだが今は少し休んでも問題あるまい。」
ケフカの体調が思わしくないと感じたシドは言う。
「これからの事は、後程考えたら良い。」
「……これから?」
シドが言った“これから”という言葉にケフカは反応した。
「ああ…。しかし君に必要なのは休養だ。今後の事はまだ考えなくとも良い。陛下には少し時間がかかると伝えてこよう。」
シドはそう告げて、背を向けた。
魔導の注入による後遺症は精神に異常を来たす病だ。
治る見込みは無いだろう。
それが発症しているならば、職を辞して療養すべきである。
しかし、一方でそれはケフカの軍人としてのキャリアが途絶えることを意味していた。
キャリアだけではない。
病が重くなれば彼の日常の生活も失われることになるだろう。
普通の人間であれば、打ちひしがれ絶望的な思いになる可能性も高い。
(君には気の毒な事をした。)
シドは罪悪感に苛まれながら、ケフカに出来る限りの治療を施そうと考えていた。
「君の力になりたい。」
シドは憐れみを込めて言うが、
「…。」
ケフカはシドの言葉には答えなかった。
「…、扉を修理しなければな…。」
シドはケフカの反応が無い事に幾分残念そうな表情をする。
「落ち着いてから、来ると良い。」
シドはそう呟いて、部屋を出て行った。