ケフカの部屋。
空間が歪むような眩暈がして、ケフカは机に手を点いた。
眼の焦点が合わなくなっていき、机の木目模様がぶれて見える。
(少し休めば治まるはず。)
ケフカは息をゆっくりと吐いた。
しかし、その行為は虚しく、視界は急激に暗く狭まっていく。
自分を中心に世界が閉じられるような感覚がした。
立っているのか、座っているのか、上なのか、下なのか、前なのか、後ろなのか……。
いつの間にか前後が不覚になり、ケフカにはもはや自分がどのような姿勢を取っているのか分からなくなる。
クラりと一際大きな眩暈がして、ケフカは膝を付いたような気がした。
ざわざわと囁くような声が聞こえてくる。
(幻聴だ。)
ケフカはそう思った。
しかし、幻というには、現実感の伴い過ぎた声だと思う。
(誰かいるのか?)
まるで近くで人が話しているかのような声に戸惑いを覚えた。
段々、音が大きくなる。
酷く耳障りな声だ。
この世の物とは思えない声に、呼ばれているとケフカは思った。
ケフカは何かの気配を感じる。
視線の先に声の主がいて、その主が形を成しつつあるのが分かる。
徐々に近づいて、姿が顕在化する。
悪鬼の如き異形の、恐ろしい姿をした者だった。
ケフカは恐ろしく感じたが、まるで夢の中にいる時のように動けず、
様子を見ていることしか出来ないでいる。
まるで冥界からの使者のようだと思った。
悪鬼のような者は、ケフカの目の前まで近づいて、長い爪の伸びた手を広げた。
そして、ケフカの顔面を鷲掴みにする。
ケフカの体は不自由で、動くことは出来ず抵抗も出来ない。
悪魔が手に力を込めて、その爪がギリギリと頭にめり込んでいくのが分かった。
頭が割れそうな痛みに、ケフカは(このまま死ぬのだろうか。)と思う。
わずかに見える視界が赤くなる。
ケフカは何故かベクタの夕日を思い出した。
もう一つ幾分小さい影が近づいてくる。
悪魔ではない、人間だ。
人間が顔を上げる。
ケフカの顔を押えている悪魔の指の隙間から、その顔が見えた。
男だ。
ケフカはその男の顔に見覚えがあった。
影の男が口を開く。
「……、…………。」
特徴的な訛りの言語。
遠い昔、聞き覚えがあった。
サマサの魔導士だ。
ケフカはその男の顔を思い出した。
自分が手に掛けた人物だったかもしれない。
「…、……。」
サマサの魔導士は笑っていた。
魔導の力を利用した報い、だと言いたいのか。
いつの間にか、顔を掴んでいた悪魔の姿は消えていた。
「…!」
しかし、落ち着く間もなく、今度は少し遠くで大きな声が聞こえる。
「オイ!」
はっきりと聞こえた。
バァンと大きな音がして、一際大きな悪魔が近づいてきた。
ケフカは恐ろしいと思った。
今度こそ、体を引きちぎられるかもしれない。
じわじわと大きな悪魔が目の前まで近づいて来る。
ケフカは見ていることしか出来ないでいた。
悪魔がついに腕を伸ばし、ぐいとケフカの肩を掴んだ。
「!」
恐怖に駆られ、ようやくケフカは悪魔の手を振りほどいた。
「ケフカ、ドウシタンダ?」
悪魔が口を開いた。
間近で声を聴いてケフカは何かに気付く。
「…。」
少しずつ、世界が開けていく。
「大丈夫か?」
悪魔がシド博士に姿を変えていた。
「博士…。」
目の前にいた悪魔はシド博士になり、気が付けば周囲の赤い景色も、サマサの魔導師も、消えていた。
「ケフカ、大丈夫か?」
シドが心配そうな表情で自分に話しかけているのを、ケフカは理解した。