他国に比べ圧倒的な軍事力を誇る帝国は、西方へ遠征に向かった。
今回私の友人が初めて、帝国の魔導士として参加することになった。
彼は数年前に設立された、魔導研究所にいた。
以前、魔導の注入を受け、とうに失われたと言われる力、魔法を使うことができる。
友人とは言っても、最近研究所の事はベールに包まれていて、今は疎遠だ。
実際、顔を合わせるのはいつぶりだろうか。
「覚えてるか?レオだ、レオ・クリストフだ。」
私は再会の握手を求めた。
「…ああ覚えてるさ。久しぶりだな。」
ケフカは以前と比べ、落ち着いた静かな様子で手を握り返す。
「俺は魔法を見るのは初めてだ。部隊には見たことがある人間はいないだろう。」
どうするんだ?私は聞いた。
「そうだな。今日は死なない程度に好きに動けと言われている。雑兵程度なら1回で倒せるはずだが、実際本番ではどうなるか。
将軍も魔導士相手に命令を出した事は無いだろうから、ある程度自分の事は自分でするさ。」
「そうか。気を付けろよ。」
「あ、そうだ。ここは戦場だから、やらなきゃやられるんだよな。」
思い出したかのように、ケフカは妙な事を言った。
緊張しているのだろうか、幾分表情が暗いのが気になる。
「ああ。相手はこちらを殺す気で来る。大丈夫か?」
「ああ、せいぜい戦果を挙げてみせるさ。」
ケフカは顔を上げた。
見たことが無い強い光が、一瞬周囲を濃厚に照らし、激しい音と、振動が起こった。
前方の人間が吹っ飛んだのが見えた。
うお…っ、驚きの声が上がった。
光の元を注視する。やはりケフカ。これが、魔法、凄まじい力。
よく見ると、ケフカは笑い、叫び声をあげていた。まるで、殺戮の化身のように。
「殺人兵器…。」誰かが口にしたのが聞こえた。
少しの時間で、敵兵は全滅した。
見渡せば、顔も分からないほどに焼け焦げ、手足が吹き飛んでしまった無惨な死骸が散乱していた。
私を含めて部隊はまともに動くことが出来なかった。
黒い煙と、土煙と、人間の焼ける臭いと、熱い風が一気に吹き付けた。
「ケフカを、魔導士を探そう!」私は我に帰り、気がつけば叫んでいた。
どれくらい時間が経っただろう。「いました!」兵の声が届く。
私は走った。既に数人の人だかりが出来ている。
「どいてくれ。」遮る者を手で除けて歩み寄る。人影が見えた。
力を使い果たしたかのように地面に座り込んでいた。
焦点の合わぬ虚ろな目をしている。
味方の誰しもが、衝撃から覚めずにいて、近寄ろうとはしなかった。
「さあ、行きましょう。」私は傍まで寄って声をかけた。
まるで聞こえていないかのように反応は無かった。周りでざわざわと声がする。
私はケフカの手を引っ掴んで、立ち上がる気の無い体を背負う。
前に垂れた、手。ケフカの手がずたずたに傷ついているのに気がついた。
魔法の力に耐えられなかったのかもしれない。皮膚は裂け、血が手を伝った。
ケフカは未だ鈍く動く手足を以て私から離れようとする。
まだ、息が整っていない中ケフカは何度も「殺せ。」と呟いていたが、それは私にしか聞こえなかっただろう。
戦いは終わりを見たのに戦場に戻りたいのか。
周囲の者は、私たちを避けるように後退る。
見世物じゃない。騒然とした様子の人の波をかき分け、前線から戻った。
同行していた研究所の所員がいた。
ケフカをよく知っているはずなのに、少なからず動揺しているようだ。
寝具に横たえたが、ケフカは見えぬ何かを見て、手で空をつかむ。
「しっかりしろ、ケフカ。」声を張り上げて話しかけたが、届いていないようだった。
明らかに正気ではない。
体力が戻りつつあったようで、大声を上げて暴れようともがきだした。
急に発せられる大声に、所員の男は、怯えて物陰に隠れようとする。
動作はますます激しくなって、時折こぶしが顔に当たる。
「ケフカ!俺だ!レオだ!分からないのか!」
私を敵と認識しているのか、目を見開き「死ね!」と叫んで殴りかかってくる。
力はさほど強くないとはいえ、大の大人が襲ってくるのだ。
強引に押さえつけるも、このままでは埒があかない。
容赦なくケフカの爪が腕にぎりぎりと食い込み突き刺さり、血がにじむ。
「鎮静剤を取ってくれ!」
及び腰の研究所員は慌てて薬を取り出した。
片手で押さえつけながら、もう一方を伸ばして、何とか受け取って咄嗟に打った。
数秒で全身の力が抜け、ぐったりと気を失った。
幾分ほっとした。
しかし、それはこれから起こりうる不安と比較すればそれは微々たるものだった。
どうしてこのようなことになってしまったのか。
数時間後、ケフカは熱を出した。
限界以上の力を出したためだろうか。
研究所員の男はあそこまで強力な魔法は見たことがないと言っていた。
目覚めてから、再び暴れるかも分からず、所員や衛生兵に任せきりにするのは難しい。
シド博士も来ているはずだが、他に用があり、ここには来られないらしい。
他の者は誰一人として、近寄りもしなかった。
肝心の研究所員はまだ経験が浅く、戦場自体も始めて来たそうで、びくびくしている。
「私が見よう。」申し出た。
「拘束した方が良いかもしれません。次はあの魔法が来るかもしれないです。」
まさか、暴走するなんて。
彼は恐ろしげに呟いた。
「この人なら大丈夫だ、その時は私が責任を持って防ごう。」
「様子がおかしいようでしたら、おっしゃってください。」
気をつけて。
そう言い所員の男は出て行った。
夜間になり、ケフカは苦しげな表情をして、ガタガタと震える。酷い熱だ。
うめき声を上げ、意識は無いのに、うわ言を呟いた。うなされている。
肩まで上着をかけてやる。
今日のことを思い出しているのだろうか。
治療を施した手のひらが痛々しい。
深夜も過ぎ、人が訪れた。
「おお、君か。すまなかったな。」
「シド博士。」私は立ち上がる。
「様子はどうだ?」
「だいぶ、落ち着きましたよ。」
視線をケフカに移す。
「直後は、錯乱状態でした。手荒だとは思ったのですが、鎮静剤を使って、気絶させました。」
「そのことは聞いている。問題ない。面倒をかけた。」
「こうなるのはよくあることなのですか?」
「無いよ。私も驚いているんだ。普段魔法を使っても別段取り乱すことなど無い。」
「では、何故。」
「さあな。実戦は今回が初めてだから。私にもまだはっきりしたことは分からないよ。」
博士は不思議そうな顔をして言った。
ランプの灯りが揺らめいた。
私は一つ一つ思い出しながら話し、シド博士は黙って聞いていた。
「彼のことを多少知っていますし、始まる前にも少し話をしました。その時は普通だったのに、戦場では、まるで別人だった。」
「そうか。」
「なんというか、普通じゃなかった。あんなに楽しそうに人を殺すなんて。信じられない。」
「…。」
「叫び声を上げて、笑って、敵に突っ込んでいったんです。魔法を放ちながら。全く容赦しなかった。
戦いが終わった後は正気を失ったようで、ここへ運ぶ途中もずっと殺せ、殺せ、と呟いていた。」
悪夢の様な光景が思い出される。
「博士、彼は、」
「強大な力を持った人間が過信し、己の残虐性に目覚めてしまったんだろう。戦場ではよくあることだ。そうだろう。」
博士は遮って話し出した。
「…。」
また、灯りが揺らめいた。
「初めて人を殺した時、誰しも高揚感を覚えるものだ。君はそういう経験は無かったか?」
「いえ、あります。」否定は出来なかった。
「戸惑っているんだろうな。強力な力を使えるようになったことに。それが魔法というものだ。」
「さあ、君も疲れただろう。後は私が引き継ぐから、戻ったらどうだ。」
私は釈然としなかった。
どうしても戦場でのケフカと、自分が知っているケフカとが一致しない。
内なる残虐性に目覚めてしまったということか。
シド博士の言っていることは、真実なのだろうか。
「失礼します。」外から伝令係の声が聞こえた。
「何だ。」
「陛下が到着されました。」
「分かった。」私は答えた。
皇帝陛下が戦場を訪ねることは珍しかった。
この後、報告会が予定されている。
「お見えになったか。」シド博士は言った。
少し沈黙が流れる。
「さて、参ろうか。」シド博士は言った。
他にもずらりと、階級の高い方が顔を揃えている。
「魔導士の働きを言え。魔導士はどうした。」
皇帝は席に着くなり、他のことには全く触れずに、ケフカについて言及しだした。
顛末をシド博士が話す。
皇帝は私の方をちらりと見た。
「そうか。経過を観察し、次回以降使えるようであれば使おう。暴走の危険が減れば、より実戦に使えるということだな。」
よく通る大きな声だ。
「そうです。」
「よくやった。シド博士。」
皇帝は晴れがましく言った。
「これで、飛躍的に武力が伸びますな。帝国の一層の繁栄が約束されたも同然。」
将軍は話した。
「今回は大変実りある事例だと思います。今日のために、多くの労力、時間、犠牲を払いました。
皇帝陛下を始め、魔導研究のために協力いただいた方々に感謝いたします。」
「シド博士。まて、感極まるのは早いぞ、成果は生み続けなければならない。」
皇帝は鋭い眼光をシド博士に向けた。
「聡明な博士なら、言うまでもなかろうが。私は世界をガストラ帝国として、全て治めたいのだ。よって今回だけでは話にならない。
今日の魔導士と同じ、いや、それ以上の物が必要だ。たくさんな。出来るか。博士?」
皇帝はゆっくりと一言一句聞き取れる声で言った。
「可能です。ご期待に応えることが出来るでしょう。」
「量産が可能だということで良いか。」
「はい。」
「すばらしい、褒美を取らそう。魔導士の階級も上げて然るべきだ。
今後も我々が何よりも優先して、博士に協力しよう。何なりと要求を言ってもらいたい。」
「めでたいことだ。」
湧き上がる拍手と賞賛の声。
私の心は今、眠っているであろうケフカにあった。
西での戦いから少し時が経って、季節が変わった。
偶然、普段見ない所でケフカを見かけた。
「どうしたんだ、こんなところで。」
下を向いていたケフカは、私に気づかなかったようで驚いていた。
次の遠征に参加するようで、その打ち合わせだという。
どちらからともなく、話しだした。
「最近、忙しいみたいだな。」
「ああ。遠征や魔導アーマーの試作機の完成も近いから。」
「魔導アーマーか。あれが普及すれば、帝国に敵うものはいなくなるだろうな。俺も乗ってみたいよ。」
「そうか。」
「今は何をしてるんだ?」
「当分は遠征と魔導アーマーだな。自分の仕事に没頭してる時が一番だ。軍人はうるさい。」
ケフカはため息をついた。
「そうかもな。まあ俺は研究所の雰囲気に未だ慣れないが。」
「みんな変わってるからな。」
「お前も相当変わってるけどな。」
「軍の中じゃ、お前は変人扱いだぞ。」
「ちょっと待て、聞き捨てならない。」
そういってお互い少し笑った。
再び遠征に行くと聞き、前の事を思い出した。
「そう言えば、体調は、大丈夫か?」
「え、ああ。」
「実はこないだの遠征の時に、お前をベッドに運んだのは俺なんだ。あれから大丈夫か?」
「すまない、迷惑をかけた。」
「戦場では何を考えていたんだ?」私は気になっていた。シド博士の言葉。
「…さあ、敵を殲滅させることかな。」
「真面目に答えてくれよ。」
「よしてくれ、思い出したくない。」ケフカは話したくなさそうだ。
戦場での事を得意気に話すようなタイプではない。私は話を逸らした。
「すごかったよ。」
「あれで階級も上がったからな。」
「手は良くなったか?」
「手?ああ」
あの時血だらけになっていた手のひらは、痕は残っていたが治癒していた。
「魔法使いか。お前の他にもいるのか?」
「さあ。想像に任せるよ。近々色々分かる。」
「そうか。色々大変なんだろうな。」
「じゃあ、また。」
そう言って、別れた。
さっきまで話していたのは自分の知っているケフカで、戦場で見た殺人兵器では無かった。
ケフカなら、あの時したことも事実として受け止められる。
誰だって、武器を持って、殺して良いと言われれば試したくなる。
戦場に出れば誰だってそうだ。
私は目の前にぶら下がった答えに安心して飛び付いた。
臆して、真実に手を伸ばす事は出来なかった。
私は魔導について調べようと決めた。
そもそも魔導の力は幻獣の命を奪って作られるということも知らなかった。
魔導注入には、失敗があった。
また、現在においても未だ数多くの失敗があった。
失敗で無くとも、副作用で精神の均衡が失われる場合が少なくない。
それ故、過去に魔導注入を受けた者は、哀れな末路を辿っている場合が多い。
軍、研究所の上層部の一部のみがそれを知り、地の底まで隠蔽していた。
ケフカもまた隠していた。
私はそのような力とは知らずに、喜んで享受していた。
己の愚かさに腹が立つのと同時に、現実に酷く打ちのめされた。
魔導は既に深く根を下ろしていた。
魔導戦士の誕生、魔導アーマーの完成。
どちらももはや帝国に欠かせない力となっていた。
力を得た帝国軍は再び遠征に於て大勝利を収めた。
気付くのが遅かった。
戦果とともにケフカの「活躍」が伝えられる。
シド博士とともに、ケフカの名も日に日に広まっていく。
女々しい言い方をすれば、私は裏切られたような気さえしていた。
残虐な魔導士ケフカの活躍を聞く度に、どうしてしまったんだ?
と焦燥感に駆られた。
大事な事は何も分からず、ただ事実のみが飛び込んでくる。
私は意を決してケフカのいる部屋を訪れた。
ドアが開くとケフカが覗いた。
「ああ、どうしたんだ?」
入れよ。怪訝な顔をしながらも招き入れてくれた。
「何か言いたそうだな。」
背を向けたまま言った。
「話があって来たんだ。魔導について調べた。」私は口を開いた。
話を終えると、ケフカはよく調べたなと呟いた。
「こうして今目の前にいるのはお前なのに、遠征の話を聞くとまるで別人のように感じる。
お前が本当は何を考えているのか、知りたくて来た。」
それが私の気持ちだった。
ケフカは水を飲みグラスを置いた。
「魔法が使えるようになって、お前は平気で人を殺せるようになった気がしてしまう。
西での遠征の時を思い出す。正気を失っていて、見えない何かと戦っているみたいだった。」
「魔法のせいだと言いたいのか。」
「ああ。俺はそう思った。言えない事はあったと思うが、言って欲しかった。すごくモヤモヤする。」
「お前にだって言えない事はある。分かるだろう。それに、話してどうにかなるものでもない。」
「錯乱が進んだ人に対して、幻獣に魂を食われたと言うそうだな。あの時のお前はちょうどそんな様子だったんじゃないかと、今にしてみれば思う。」
だから、そう言いかけた所でケフカは笑いだした。
「ひどいな。」そうケフカは笑った。私には何がおかしいのか分からない。
ケフカはテーブルに腰をかけ話す。
「お前は俺が魔導の力を入れた事で、幻獣に魂を食われたと思ってるのか。
それでおかしくなったから、虐殺するようになったと。
そんな話は連中が面白半分に言ってるだけさ。お前は鵜呑みにしたのか?笑えるな。」
私の顔に指を差して言う。
「…少なくとも、平気で人を殺すような人間じゃなかった。」
「俺は常に自分の意思で行動している。今もな。俺は狂ってなんかいない。
それを幻獣に魂を食われたと思うなら、そう思えばいい。」
「本当に自分の意思でやりたくてやってるのか?先日の遠征もか?」
「だからそう言っている。」
目の前の人物がケフカの顔をしているのに違和感がある。
「お前は変わってしまったのか?」
「人は変わるだろ。」
「俺は、前のケフカに戻って欲しい。無意味に人を殺して欲しくない。」
「無意味じゃない。」
「虐殺は無意味だ。」
そう言って少し沈黙が流れた。
「…もういいか。真面目に話しすぎて頭が痛い。」
ケフカはこめかみを押さえた。
「…分かった。また来る。」
私は部屋を出て、ケフカは何も言わなかった。
それから何度か部屋を訪れたが、不在だった。
ずっと研究所にいると聞いた。
その日も部屋を訪れた。やはり不在で、戻ろうとした時に偶然出会った。
ケフカは目を逸らして、通り過ぎようとした。
「待ってくれ。」
「一人になりたいんだ。話を聞ける気分じゃない。」
ケフカは歩みを止めずに口を開いた。
「明日にしてくれ。」
そう言ってドアを閉められてしまった。
「明日、また来る。」私はドアの先に向かって約束をした。
翌日。
ノックをするといらついた表情でケフカは現れた。
「誰が見てるか分からないんだ。何度も来られたら困る。」
「すまない。」
「面倒だから、聞こう。」
私は魔導の研究を止めてほしい、戦場へ行くのを止めてほしいとの旨を伝えた。
友人に無意味に命を奪う行為をしてほしくなかった。
ケフカは終始不機嫌そうな顔をし、指をカツカツと机に当てていた。
「…いい加減にしてくれ。」話の途中でケフカは声を荒げた。
「どうしてそんなに邪魔をするんだ?誰かにアイツを辞めさせろとでも言われたのか?そうなんだな?誰だ?教えろよ。」
ケフカは射抜くような視線で探るように私を睨む。
あまり見たことの無い表情に怯みそうになった。
「違う、俺はお前に人を殺して欲しくないんだ。戦場でのお前も、もう見たくない。」
祈るような気持ちで伝えたが、ケフカは首を傾げた。
「意味が分からない。お前も、ここにいる人間は誰だって戦いに勝つために集まっているんだろう。どうしていつも俺だけのけ者にするんだ?魔法が使えるからか?軍人じゃないからか?」
伝えたいことが、伝わらない。
「そういうことじゃない。俺はただ」
「何が違うっていうんだ。いつも邪魔ばかりして。そんな姑息な真似をしてまで自分の手柄が欲しいのか?」
ケフカの目は怒りに満ちていた。
「今のお前は普通じゃない。前のお前を知ってるから分かる。だから離れて欲しいんだ。」
私はただ分かって欲しかった。
「お願いだ。俺を信じてくれ。」
ケフカは舌打ちをした。
「くだらないことで時間を取った。俺は出かける。」
ケフカはバタンと大きな音を立ててドアを閉めて、出て行った。
私は一人部屋に残された。
「何をしている。」
私の上官だった。
「来い。」命じられ、私は着いて行かねばならなくなった。
薄々感じていた。私は魔導という極秘の事象について、大して隠れもせずに嗅ぎまわっていた。
その事かもしれない、そう思った。
通された部屋には、驚いたことに、他に4人もの人物がいた。
彼らは一様に険しい表情をしていた。
そして、私がスパイではないかと疑っていると告げた。
研究所に出入りしていたこと、関係者にコンタクトを取っていたこと、その時の質問の内容まで事細かに知られていた。
友人であるケフカに会いに行き、何やら魔導について聞こうとしているということも当然のように知っていた。
何故魔導について調べているのか、何を知ったのか、全て話せと詰問された。
スパイではないかと疑われたことに私は少なからず驚いたが、その件については否定し、調べた内容について話した。
私は冷静ではなかったかもしれない。
魔導の力は多くの犠牲の元に成り立つ力であり、これ以上の犠牲を生むべきでは無い。
今では、魔導の力に頼ってはいけないと考えていると、帝国の方針と反する事を伝えた。
「馬鹿なことを言うな。」上官は慌てた様子で遮った。
面々の口調がより厳しいものになった。
「ようやく、研究が身を結んだというのに。」
「貴様は尊くも死んでいった犠牲者を無碍にするつもりか。」
「亡くなった彼らの無念に応えるのが我々の義務ではないのか。」
「同じ悲劇を繰り返さないためにも、成果を生かさなければならない。」
「これまでの月日を全て無駄にするつもりか。」
私は歯を食いしばり、彼らの言い分を聞くことしか出来なかった。
彼らの言い分は正しいが、正しくない。
長い時間が経ったような気がする。
疑われるような行動をしたことに対し、謝罪を命じられ、考えをすぐに改めるよう言い渡された。
帰り際、ある方に言われた。
「お前は経験を積んだ方が良い。出来るだけ遠くでな。」
数日後、私は異動を命じられた。
季節は秋も半ばを過ぎていて、ここのところ天気も悪かったが、今日は珍しく晴れていた。
部屋に差し込む日差しが暖かい。
異動の先は辺境の地で、年若い者がいく所ではなかった。
所謂左遷であることを知った。
同期の人間を初め近しかったはずの人物は、異動の公示を機に余所余所しくなり、無視する人までいた。
しかし、後悔はしていなかった。
魔導は甘んじて享受すべき力ではないことが分かり、軍の考えも分かったのだ。
それだけでも良かった。私はそう思おうとした。
ただ、私を失意の中に落とすのは、1つ。
ケフカに私の声が届かないこと、それだけだった。
私は間違っているのだろうか。その思いが頭を離れない。
不意にドアがノックされ、どうぞ、と声をかける。
入ってきた人物は、ケフカだった。
私は驚いて思わず立ち上がった。
「ど、どうしたんだ?」思わぬ来客に私は慌てた。
「この間は、酷い事を言ってすまなかった。」ケフカはそう言って目を伏せた。
「いや、気にするな。」
私の態度は軍人として取るべき態度では無かったかもしれない。
変わることが出来なかった私の方こそ、間違っているのかもしれない。
その思いが言葉を詰まらせた。
「聞いたよ。異動するんだって?」そのことで来たんだ、ケフカは言った。
「ああ、そうなんだ。俺は中央にいない方が良いらしい。」私はどうしても自嘲気味になってしまった。
「魔導の利用の反対をしたらしいな。皇帝も魔法を使えるんだぞ。冒涜してるも同然だ。」
ケフカは私を嗜める。
「…ああ。」
「馬鹿じゃないのか?」
「馬鹿でも良いさ。俺は今でもそう思ってる。」
「やっぱり変な奴だな。お前は。」
「悪かったよ。変人で。」
「お前はそういう奴さ。」半ば呆れたようにケフカは笑った。
あまりにもいつもどおりの会話をしていることに、私は内心戸惑っていた。
「いつ、発つんだ?」交わされるやり取り。
「明後日だ。今日明日、飯でも食いに行かないか?時間あるか?」
私は食事に誘った。
「今夜なら大丈夫だ。」ケフカは答えた。
異動になれば今度いつ会えるか分からない。
別れを惜しみたいだけではないような気がする。
繋ぎ止めたかったのかもしれない。霧のように掴めない何か。
「分かった。じゃあまた後で。」いつもと変わらず別れた。
閉じたドアから視線を逸らせぬまま、私はため息をついた。
軍人として私のしたことは誤っているのかもしれない。
だが、ケフカの行為は憎むべきもの、嫌悪すべきものであるはず。
それなのに私は友人を憎めない。
研究所と隊の施設に面した道の交差路で、大体ここで待ち合わせた。
1分も待たず、反対側から来るケフカが見えた。
お互い揃ったので、時間より少し早いが、敷地を出た。
歩いて数分の所にある、以前はよく行った店だった。
遠征が近いこともあってか、店内は空いていた。
いつもの場所に座り、お互い食べたい物、飲みたい物を頼んだ。
取り留めのない話をする。
最近聞いている音楽、読んだ本、新しく買ったもの。
喧嘩をしたこと、よく石の階段に座って話したこと、入隊した直後のこと、
初めて会った時のこと、馬鹿な失敗をして大目玉を食らったこと。
共通の思い出を話して大笑いした。
時が過ぎるのを忘れるくらい、楽しかった。
私たちは魔導に関することを一度も話さなかった。
私はケフカの行為を許すことは出来ないし、ケフカもそれは分かっている。
お互い譲ることが出来ないのだ。
口に出せば言い争いになるのは分かっていた。
それが私の罪。
友を思うならば、私は止めなければいけなかった。
店を出た頃には0時を過ぎていた。
昼間は暖かかった外も、今は冷え込んで、息が白い。
それでもさっきまで暖かい所にいたせいか、寒さはそれほど感じなかった。
待ち合わせた、交差路で握手を交わす。これでまた当分会うことは無い。
「お互い、頑張ろうな。」私は言った。
「ああ。」ケフカは頷いた。
ケフカの手は温かかった。
あれから何度かケフカに手紙を書いたが、返事は無かった。
忙しいのだろうか、そう思いながら、気づけば手紙を書かなくなっていた。
魔導戦士や魔導アーマーの投入を出来るだけ拒んだ私の作戦は、進度が遅かった。
そんな時だった。ケフカが来ると聞いたのは。
友人と会うのに私は心の準備をした。
遠くでケフカの笑い声が聞こえた。出来ればこの時が訪れ無ければ良い、そう思った。
数年ぶりの再会は酷く呆気なかった。
久しぶりに会ったケフカは、姿形、言動、思考、行動、全てが変わってしまっていた。
共に挨拶は無い。
別人と思えるほど痩せ、聞いた話の通り、顔には派手な化粧を施し、奇抜な道化のような格好をしている。
「からだの方は、大丈夫なのか?」私は口を開いた。
「見てのとおり、ピンピンしてるさ。頭の方はイカれちゃったけど。」
ケフカは指を頭の方でくるくると回した。
「それより、何なの?この体たらく。僕なら今日だけで十分なのに。やる気ないの?」
「レオの仕事が遅いから、僕がこんなところまで来なきゃならなくなったんだ。すごく迷惑。」
早口でまくし立てると、派手な靴で椅子を蹴った。
「傑作が出来たとこなのに、水差さないでくれる?」
そう言って、長く結わえた髪に挿した飾りを直す。
ゾッとした。
心臓を鷲?みにされたかのようだった。
私の知っているケフカは、本当に無くなっていた。
近くにいたはずの友人を救えなかったことに気付いた。
それなのに、私は他国の者を殺さぬよう、救おうとしている。
私はなんと無力なのか。
ケフカと共に過ごした時間は確かにあった。
お前は忘れてしまったかもしれないが、私はいつまでも覚えておこう。
忘れるべきではない。
手のひらに残るあの時の傷跡が見えた。
私はケフカと作戦について話しながら、思った。