ベクタの建物が見えてくる。
ケフカは、1か月間に及ぶ遠征からの帰路にあった。
重い荷物と、疲労を抱えて黙々と歩く。
今回の遠征は準備期間が短かった。
ケフカは前回の遠征から戻って、わずか1週間で今回の遠征に出発した。
ようやくそれがひと段落したのだ。
今日ベクタに戻る隊の者の多くは、これから休暇を取るだろう。
ベクタ城内。日が少しずつ傾いて、窓に西日が入る。
ワイワイとくつろぐ兵達を尻目に、ケフカは一人自室に戻った。
ケフカに休暇を取る時間は無かった。
前回の遠征も含めて約4か月の間、ケフカは目の回るような日々を過ごしている。
今日もベクタに戻ったら溜まっている書類を片付けなければならない、と思っていた。
何せ今日中に、作成した書類を皇帝に渡し、許可を得なければ多くの軍務が滞ってしまう。
(そもそも皇帝が無理なスケジュールを組んだのが原因なのだが)
しかし、軍務が滞るのは避けたい。
時間が気になって、歩きながら懐中時計をちらりと見る。
既に午後4時を過ぎようとしている。
ケフカは舌打ちをした。
最悪なことに、皇帝は6時を過ぎると書類に目を通さないことが多い。
もたもたしていたら間に合わない。
ケフカは早足で、部屋へと戻った。
部屋に戻り、まずは荷物を置く。それから上着を掛け、荷を解いていった。
遠征に持っていった大きめの鞄には、土埃がかなり付着している。
外で払ってきたのだが、取りきれなかったらしい。
戦地へ行くのだから汚れてしまうのはいつもの事だが、今回は酷いと思う。
期間中に何度も雨に降られたせいだ。
気に入っている鞄であった。
(このままでは傷んでしまう)とケフカは思い、手入れ用の道具を取ろうと一瞬棚の方へ振り向きかけた。
(…いや)
ケフカは思い直す。
鞄の手入れなど、流石に今することではないだろう。
遠征が終わり気が抜けたのか、それとも流石に疲れているのか、集中力がまるで無い事に気付く。
今日書類が出せなければどんなことになるか。
ケフカは気分を切り替えようと少し首を振る。
取りあえず、鞄から必要な物を取り出そう。
そう思い直して、ケフカは鞄を開けるために、しゃがみこんだ。
その時。
バサ
不意に視界が狭く暗くなる。
しゃがんだ反動で、髪の毛が顔の前に流れたのだ。
そうだ、今日は髪を結っていなかった。
ケフカは思い出した。
髪を結っていない理由は1つ。
使っていたリボンが、遠征での戦闘中に使い物にならなくなり、仕方なく捨ててきたからだ。
ケフカはいつもであれば、替えの1つは持っていく。
しかし、今回の遠征は出発前の時間があまりにも慌ただしかったため、持っていくのを忘れていた。
リボンが無いので、当然遠征先で髪を結う事は無かったが、伸びる前はそれほど気にならなかった。
もっとも、遠征の後半にはかなり伸びていたので鬱陶しいと感じていた。
元々、ケフカの髪は癖がなくサラサラとしているため、結っていなければ顔を下げた拍子に前に落ちてくる。
そんな事情で、顔を始終下げているデスクワークをする時は、リボンが必需品になっていた。
今はただでさえ集中力が無いのに、リボンが無ければ鬱陶しくて仕事にならない。
ケフカは予備があるはずと立ち上がって、棚を探しだした。
しかし、あると思っていた箇所には、見あたらない。
ケフカは少し考え込み、思い出す。
(…しまった。)
そうだった。
前回の遠征の時に替えが無くなっていて、その時に気付いていたのに、
忙しさにかまけて買わなかったのだ。
ケフカは後悔した。
リボンは手元に1つも無い。
髪の毛が邪魔なまま、作業を阻害しそうだ。
思えば最後に髪を切ったのが、いつだったかすら記憶にない。
遠征に行く前に軍内の理容室に足を運んだが、あいにく理容師が急病にかかったとかで、
しばらくの間閉鎖すると張り紙が張られていた。
ケフカが髪を切れる日は、その日しか無かったので、仕方なくベクタ市街に向かう。
しかし。
1件目臨時休業。
2件目予約でいっぱい。
3件目どう見ても出てきた客の髪型が失敗している。
4件目店内で待っている間に牛が侵入した。
等、絶望的に理容院運が無く、ケフカは仕方なく髪を切るのを諦めた。
帰りしな、夕日をバックにカラスに鳴かれたのを思い出す。
(あれは時間の無駄だった。)
ケフカは思い出したが、落ちてくる髪を気にしつつ、荷物から必要な物を取り出す。
物を取り出し終えて、再び時計を確認する。
4時40分前。
いつもなら5分もしないで終えられる作業が、今回に限って30分近く経っている。
リボンを探したのが間違いだった。
(まずい。)ケフカは焦りを感じていた。
とにかく書類を作らなければ話にならない。
ケフカは席に着いた。
~数分後~
「……。」ケフカはいらついてた。
既に髪が鬱陶しい。
長くなり量が増えたせいで、耳にかけていても、顔を少しでも動かせば落ちてくる。
後ろも酷くうざったらしく、首元が暑苦しい。
おまけに西日が窓から入ってきて、カーテンを閉めているのにも関わらず背中が暑い。
「ハァ…。」
あまりの集中出来なさに、爪をカツカツと鳴らす。
仕事の進まなさにイラついていると、
コンコン。ノックの音がした。
「郵便でーす。」
不意の訪問者。
ケフカは立ち上がり、ドアを開けた。
下位の兵が立っていて、何通かの手紙と小さな箱を持っている。
「ケフカ様、郵便です。ここにサインを。」
兵は言った。
ケフカはサインし、郵便物を受け取った。
手紙は分かるが、この箱は何だ。
あて先を確認する。
しかし、どういう訳か名前の箇所が殆ど消えて見えなくなっている。
ただ、頭文字が辛うじて「C」であることは分かった。
届け先は、この建物のこの階で間違いは無い。
郵便係がここに持ってきたのだから、自分宛てだろうとは思う。
品名は「雑貨」としか書かれていない。
箱は5センチくらいの大きさで、重さはごく軽い。
手がかりを探そうと、箱を裏返すと、垂れ耳犬のシールが張られていた。
この犬は…。
見覚えがある。
おそらくベクタ郊外にある雑貨店のシンボルだ。
以前、店の前を通った時に、その犬の看板が飾られていたのを見た。
その時、この犬がガス○ラ皇帝に似ていると思ったのだ。
ケフカ自身は、あの店で何かを買った覚えは無いが、単に記憶がないだけかもしれないとも思っている。
実際リボンの件で、ここ数か月の記憶がかなり抜け落ちていると実感していた。
取りあえず、箱の中が気になる。
少し振ってみても、たいして音が鳴るわけでもない。
思い出せないが、ケフカは開けてみることにした。
ケフカは、万が一、箱が他人宛だった時のことを考え犬のシールを丁寧に剥がし、
包装紙をきれいに取り去る。
そして箱を開けた。
目に入ったのは、
【ウサギの飾りが付いたピンク色のリボン(白フリル付)】
「ぉぉ…」見慣れない物に、ケフカは若干たじろいだ。
これは絶対に自分が頼んだものではない。
確信出来る。
ふわふわのうさぎが付いたピンク色のリボンである。
ケフカは箱を開けたことを後悔した。
正直、見なかったことにしたい。
リボンの主に見当が付いていた。
これを買いそうな人物で、この階に部屋があり、かつ頭文字が「C」。
そんな人物は一人しかいない。
セリスだ。
そもそも、この建物に女性はセリス1人しかいないし、
(男が買っている可能性も無くは無いが)、この階で頭文字が「C」なのは自分の他にセリスしかいない。
ケフカには、このリボンがセリスの物だと分かったが、引っかかる物を感じていた。
(このセンス……。)
10代も後半になるのに、うさぎのボンボン…。
これがセリスの趣味なのだろうか。
少なくとも、普段こんな物を付けているセリスは見たことが無い。
部屋で一人でいる時に付けるつもりなのだろうか。
小さい子供ならまだしも、このうさぎは流石に無いのではないか…。
いや、待て。
これを付ける事で戦場のストレスが発散出来るなら…
それならば仕方ないか…
…
…
…
…
何分か思い悩んで、ケフカは我に返った。
駄目だ。
余計な事を考えている場合ではない。
慌てて時計を見る。針は5時を回っていた。
うさぎ恐るべし。
また時間を使ってしまった。急がなければ。
ケフカは取りあえず、セリスのうさぎリボンを箱に戻した。
包装するのは後にしよう。と思う。
ケフカは再び机に向かい、作業を始める。
壁掛けの時計の秒針が、チッチッ…と鳴る。
髪の毛の状況が改善されたわけではない。
かき上げても、かき上げても落ちてくる、髪。
すぐに集中が途切れ始める。鬱陶しい。
髪さえどうにかなれば、作業が進むのに…。
ちらり。
と、リボンの箱が目に入る。
悪魔の誘惑が聞こえる。
そもそも、この事態で待ち望んだリボンが届くなんて、考えられるだろうか。
それならば寧ろ、このリボンはセリスの物ではなく、俺の物なのではないか。
…。
いや、駄目だろう。
何を考えているんだ。正気に戻れ、俺。
あれはセリスの物だ。
考え直して作業に取り掛かるが、無情にも時間は1分、5分…と経っていく。
針は進めど作業は殆ど進まない。
(…。)
ガバッ、ケフカは顔を上げた。
(すまない、今だけ貸してくれ!)
ケフカは心の中で叫んで、遂にうさぎリボンの箱に手を伸ばす。
箱を開け、フワフワのうさぎ部分を掴んで取り出す。
思ったよりも長いピンクのリボン。
ケフカは慣れた手つきでスルスルと髪を結い上げ、ウサギの部分は顔が上になるように固定した。
「ふぅ。」
結いあげて、顔や首周りがすっきりし、晴れやかな気分になる。
これで、髪の毛が落ちてくることもないだろう。
ありがとうセリス!
ケフカは感謝した。
机に向かうと、仕事は嘘のようにはかどり始めた。
20分後。
ケフカは書類作成に集中していた。
黙々と、さっきの10倍以上のスピードで書き上げている。
残り時間は40分弱。
書類はあと1枚。これなら十分間に合う。
コンコン。また、ノックの音がした。
「セリスです。」
セリスは今回の遠征には参加しておらず、留守番をしていた。
会うのはひと月ぶりくらいだろう。
「開いている。」
ケフカは集中していたので、顔も上げずに言った。
失礼しまぁす。セリスは言い、部屋に入ってきた。
「どうした。」
「聞きたいことがあって。」ケフカが聞くと、セリスは言った。
「少し待ってくれないか?5分もすれば、めどが付く。」
「分かりました。」
そう言って、セリスはソファに座った。
(ケフカ、忙しそう。)
セリスはソファに座って、ケフカを見た。
黙々とペンを走らせ、かなりの早さで書類を書いている。
(集中してる。邪魔してはいけないわ。)そう思った。
そんなケフカの様子を見ているうちに、ふと、リボンが目に入った。
ケフカの付けているリボンがかなり長く、顔を動かす度に、ゆらゆらと揺れている。
(あんなに長いリボンなんて、使っていたかしら。)
セリスは気になった。
なんとなく気になって、改めてよく見てみると、白いフリルとピンク色が目に入る。
(うわぁ)
ケフカは気付いていないが、セリスはかなり複雑な表情をした。
(何であんなリボンを…)セリスは思った。
白いフリルでピンクのリボン。
一般的に考えて、30過ぎた男性が使う類のリボンでは無い。
ましてや、ケフカは軍人であり、それなりの地位にあるのだから、
フリルとピンクのリボンなど、あまり付けない方がいいと思うのだが。
(かくいう私も部屋にはあんなリボンがたくさんあるけど。でも…。)
セリスは考えてしまう。
(でも、ケフカはどうしてあんなリボンを買ったんだろう?)
すぐにでも問いただしたいところだが、真面目に仕事をしているので今は口に出せないし、
仕事していなくても聞いていいものか迷うところだ。
ただ、ケフカから発せられる違和感がスゴい。
コンコン。再びノックの音がした。
「郵便でーす。」
「私、出るわ。」
セリスが立ち上がろうとすると
「いや、今終わったから、俺が出るよ。」ケフカが静止する。
「うん、わかったわ。」
ケフカが既に立ち上がっていたので、セリスはケフカを見送った。
ケフカがドアの方に向かう後姿。
セリスはリボンを確認しようと、ケフカの後頭部に目を向けた。
「え?」
セリスは一瞬で顔が赤くなるのを感じた。
あのうさぎのリボン……。
…あれは私がおととい頼んだもので、今日届くはずのじゃない。
なんで、ケフカが付けてるのよ。
セリスが拳を握りしめ、それがワナワナと震えだしたが、ケフカはまだ気付いていない。
「今日は手紙が多いなー。」
手紙を受け取ったケフカは余裕の表情で、のんきに呟いた。
「ケフカ。」
顔に闇を纏ったセリスが低い声で言った。
「何だ?」
ケフカはこちらを見る。
「…その、髪を結ってるのは…、何?」
セリスは冷えた顔をして言った。
ケフカは一瞬何のことか分からず、セリスの顔を見つめ直す。
目が合う。セリスの目が光る。
「あっ!」
ケフカは気付いて声を上げ、頭のリボンに手を当てた。
「これは、…。」
ケフカはそう言って弁明をしようとする。
30秒後。
ソファに小さく座っているケフカと仁王立ちしているセリス。
「いったい、どういうつもりですか?」
セリスは問いただした。
ケフカには今のセリスがヒルギガースくらいの大きさに見えている。
さすが女性とはいえ将軍を務めているだけのことはある、威圧感が違う。
と、ケフカは思う。
ケフカは、かくかく云々と…説明(もとい言い訳)を始めた。
1.今、6時までに皇帝に提出しなければならない書類を作成していること。
2.作成するために集中しなければならなかったが、髪の毛がとにかく邪魔ではかどらなかったこと。
3.そもそも髪を切る時間が無かったこと。(理容院の件は割愛した)
4.おまけに髪を結うリボンも無かったこと。
5.本当に仕方なく、今日偶然届いたリボンを借用してしまったこと。
等、切々と訴える。
一通り説明をしてケフカは「すまない、買って返す…。」
と言ってリボンをスルリと外す。
緊急だったとはいえ、冷静になって勝手に借用した事を反省し、凹んでいるように見える。
セリスは呆れたようにため息をつく。
とにかく、色んなことがたくさん重なって、
よりにもよって今日ケフカの所にリボンが間違って届けられてしまったようだ。
そういえば、ケフカが遠征に行く直前に皇帝に無茶振りされていたことを思い出した。
かなり忙しかったことは間違いない。
「そこまで聞いたら怒る気も失せちゃった。」
一通り事情を聴いたセリスは、ヒルギガースではなく、いつものセリスに戻っていた。
「リボンはわざわざ買って返さなくても大丈夫よ。見られたのは恥ずかしいけど。」
返して。
ケフカの手から見えているうさぎのボンボン。
セリスはそれを見られたのが今でも恥ずかしい。
「本当に助かったよ。」
ケフカはそう言って、セリスにリボンを手渡した。
リボンが無ければ作業ははかどらず、間に合わなかっただろう。
「6時までに出さないといけないなら、そろそろ行かないといけないんじゃ…?」
セリスは言った。
気が付けば、6時まであと10分しかない。
ケフカは「あ”」というような声を上げた。
「行ってくる。そうだ、聞きたいことがあったと言っていたな。戻ってからでも良いか?」
ケフカは言った。
「良いわ。」セリスは言う。
「分かった。待っててくれ。」
ケフカは部屋から出て行った。
ケフカが出たのを見送って、セリスは一度自室に向かう。
スケジュール的にケフカは明後日の月曜日までは忙しいだろう。
リボンが無ければ不便だろうから、持っているリボンを幾つかあげようと思う。
人がいなくなったケフカの部屋のカレンダー。
カレンダー上は11月19日ケフカの誕生日を示していたが、
それに気付いたのは、夜2人で食事をしている時だった。
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