従士が先に馬を下りて扉を開ける。
ピンク色のドレスが見えた。
小柄な少女。
少女はゆっくりと馬車から降りた。
大きな瞳につぼみのような唇、白粉がふわりと香った。
「ご機嫌よう。」
少女は、浮世離れした様子でそう口にして、セリスに微笑んだ。
「お待ちしておりました。アン様。」
セリスは返答する。
伯の娘アン。
セリスは彼女を待っていた。
代々ブロイ家の令嬢は、貴族出身の高官や軍の人間と結婚することが通例であった。
今日はアンが妙齢ということで、皇帝に目通りをするために食事会に同席することになっていたのだった。
セリスの役割はアンを控室に案内することである。
これまでセリスに貴族の案内をした経験は無かったが、今回はどういう訳か、
アンがセリスに迎えて欲しいと希望した為に実現したという。
しかし、セリス自身にはアンとの面識がない。
(何故、私なのだろう?)とセリスは思っていた。
道すがら、ふと、アンがこちらをちらちら見ていることに気が付く。
「どうされました?」
セリスは気になって声をかけた。
「私、貴女を存じ上げているのです。」
アンは言った。
「お会いするのは初めてのはずですが。」
セリスは言った。
「昨年の8月のパーティーにいらしていたでしょう?私、その時に貴女をお見かけしたのよ。」
「そうでしたか。」
昨年、帝国城で行われたパーティーにおいて、セリスは会場周辺の警備をしていた。
特に挨拶を交わした訳ではないのにと、セリスは思った。
「あの時とってもお綺麗な方だと思っていたの。またお会いしたいなと思ったのです。」
「?」
セリスは幾分困惑する。
それがどうして会おうとする理由になるのだろう。
その感覚がセリスには分からなかった。
アンは続けた。
「その時は失礼ですが、軍の方だったとは思いませんでしたけど、後で伺って驚いたのです。」
アンが話し出したのでセリスは聞いていた。
「貴女がわたくしと同じ年で、しかも将軍でいらっしゃる。
戦場に咲く赤い薔薇、セリス・シェール将軍だったなんて。」
アンは言った。
「…言い過ぎです。」
セリスはアンの言葉に少し恐縮した。
「わたくしは、貴女とご一緒出来たのは運命だと思いますの。」
アンは夢見心地で言う。
「どうしてです?」
「同性で同じ年のお強い将軍に守っていただいているのですもの。これ程心強い事はありませんわ。」
アンは言った。
セリスは軍の外の人物から直接自らの評価を聞いた事はなかったので、少し驚いていた。
「私など…。」
セリスは言いかける。