帝国城。
3月の日中。
冬の寒さは和らいで、日差しは暖かかった。
が、まだ風は冷たい。
帝国城の入り口で一人佇むセリス。
彼女は人を待っていた。
日差しは明るいが、それとは対照的にセリスの表情は曇っている。
ケフカがガストラ皇帝直属の魔導士となって、もうすぐ1年になる。
ケフカの肩書きは軍人から魔導士となったが、これまでの経歴から軍事的な指揮を行なう機会も未だに多い。
その件で問題が生じていた。
ケフカの発する指令には、非人道的な行ないを奨励する内容が多分に含まれており、
それが原因で帝国軍内には不穏な空気が蔓延していたのである。
レオ将軍等の穏健派はその残忍な手法に異を唱えていたが、
指令自体には隙も無く、帝国軍は勝利を収め続けていた。
よって、ケフカの行為は黙認されている。
(ケフカには考えがあるのかもしれない。)
そう思う部分もある。
しかし、納得も出来ない。
ケフカと長い時間を共にしていたセリスは、今、戸惑いの中にいる。
そんな中、帝国城でガストラ皇帝や高官達と貴族ブロイ伯との食事会が催されることになったのだ。
人を待っているセリスに、冷たい風が吹き付ける。
寒いが、耐えられないほどではない。
やがてセリスの耳に蹄と車輪の音が聞こえる。
豪奢な馬車が目に入った。
それは大きなカーブを描き、セリスの目の前に止まった。
従士が先に馬を下りて扉を開ける。
ピンク色のドレスが見えた。
小柄な少女。
少女はゆっくりと馬車から降りた。
大きな瞳につぼみのような唇、白粉がふわりと香った。
「ご機嫌よう。」
少女は、浮世離れした様子でそう口にして、セリスに微笑んだ。
「お待ちしておりました。アン様。」
セリスは返答する。
伯の娘アン。
セリスは彼女を待っていた。
代々ブロイ家の令嬢は、貴族出身の高官や軍の人間と結婚することが通例であった。
今日はアンが妙齢ということで、皇帝に目通りをするために食事会に同席することになっていたのだった。
セリスの役割はアンを控室に案内することである。
これまでセリスに貴族の案内をした経験は無かったが、今回はどういう訳か、
アンがセリスに迎えて欲しいと希望した為に実現したという。
しかし、セリス自身にはアンとの面識がない。
(何故、私なのだろう?)とセリスは思っていた。
道すがら、ふと、アンがこちらをちらちら見ていることに気が付く。
「どうされました?」
セリスは気になって声をかけた。
「私、貴女を存じ上げているのです。」
アンは言った。
「お会いするのは初めてのはずですが。」
セリスは言った。
「昨年の8月のパーティーにいらしていたでしょう?私、その時に貴女をお見かけしたのよ。」
「そうでしたか。」
昨年、帝国城で行われたパーティーにおいて、セリスは会場周辺の警備をしていた。
特に挨拶を交わした訳ではないのにと、セリスは思った。
「あの時とってもお綺麗な方だと思っていたの。またお会いしたいなと思ったのです。」
「?」
セリスは幾分困惑する。
それがどうして会おうとする理由になるのだろう。
その感覚がセリスには分からなかった。
アンは続けた。
「その時は失礼ですが、軍の方だったとは思いませんでしたけど、後で伺って驚いたのです。」
アンが話し出したのでセリスは聞いていた。
「貴女がわたくしと同じ年で、しかも将軍でいらっしゃる。
戦場に咲く赤い薔薇、セリス・シェール将軍だったなんて。」
アンは言った。
「…言い過ぎです。」
セリスはアンの言葉に少し恐縮した。
「わたくしは、貴女とご一緒出来たのは運命だと思いますの。」
アンは夢見心地で言う。
「どうしてです?」
「同性で同じ年のお強い将軍に守っていただいているのですもの。これ程心強い事はありませんわ。」
アンは言った。
セリスは軍の外の人物から直接自らの評価を聞いた事はなかったので、少し驚いていた。
「私など…。」
セリスは言いかける。
[強い]
というアンの言葉がセリスには引っかかる。
(いくら戦で勝利することが出来ても、ケフカに比べれば帝国の一歯車に過ぎない。)
セリスにとっては、ケフカは永遠に敵わない人物で、自らを力不足を感じていた。
そうこうしているうちに、アンの為に用意された控室に着く。
「あの…。」
そう言うとアンは足を止めて、小さなバッグから細長い箱を取り出した。
「これ、貴女にお似合いだと思うの。良かったら。」
箱には大ぶりのエメラルドが施されたネックレスが入っていた。
「これは?」
「差し上げます。貴女にとてもお似合いだと思って。」
「困ります。」
セリスは困惑した。
明らかに高価な代物でる。
「お願い、受け取って。ね?貴女のために買ったのだから。」
そう言うとアンはセリスに箱を押し付けて、控室に入ってしまった。
「ちょっと…。」
セリスは追いかけるが、扉を閉められ鍵を掛けられてしまう。
呆気に取られて、控室を見つめた。
「このような物をいただいても、困ります。」
セリスは何度もドアをノックし、呼びかけた。
が、返事は無く、出てくる気配もない。
もうすぐ食事会の時間になる。
セリスにも次の用ががあった。
仕方がないが、一旦この場を離れた方が良いかもしれない。
そう思い、セリスは控室の前から去った。
セリスは自室へと向かう。
帝国城の入り組んだ長い廊下。
受け取ってしまったネックレスは気になるが、切り替えなければならない、そう思いながら歩を進めた。
その時、
ゾクッ
左手の廊下の奥からの視線を察知し、セリスは全身が強張るのを感じた。
暗がりの奥なのにもかかわらず、はっきりと感じる。
絡みつくような、ただ、セリスが見知った気配を。
気配に囚われてセリスの足が鉛のように重くなる。
思考すらも徐々に鈍くなっていく。
かつ、かつ…とゆっくり聞こえる音。
そのブーツの音でセリスは気配の主を確信する。
ゆらりと暗がりから人影が現れる。
人影は、軍服ではなく魔導士の服に身を包んだケフカだった。
「やあ、セリス。」
やや掠れた静かな声でケフカは言った。
痩せた頬と細い眉。
ケフカは魔導士になってから、外見も変わりつつある。
その以前とは異なる様子に、セリスは嫌悪感にも似た違和感を抱く。
ケフカはセリスの目の前まで来て、彼女を舐めるように見、そして目を細めた。
「……。」
セリスは動くことが出来なくなってしまう。
何か魔法を掛けられた訳ではないのに、蛇に睨まれた蛙のようだった。
喉までもジリジリと乾いた。
ケフカは、セリスが持っている箱を目ざとく見つけ、それに手を伸ばした。
「これは?」
骨ばった指が箱を取り、簡単にセリスの手をすり抜けていく。
ケフカはセリスに承諾を取らずに、無遠慮にそれを開けた。
中身を見て、ケフカの眉がピクリと動く。
「アン嬢からいただいた物…。」
セリスはやっとのことで声を発した。
「…お前に?」
耳元で、ケフカは呟いた。
セリスは無言で頷く。
「ふぅん。」
ケフカは首を傾げてため息をつく。
そして、ペンダントの入った箱を床に投げつけた。
ペンダントは箱から飛び出して、無残に地面に広がってしまった。
セリスはそれにも声も出すことが出来ないでいる。
「こんなくだらない物、お前には相応しくないよ。」
ケフカは動作に似つかわしくない柔らかな口調で言った。
「今日は、お前の生まれた日だろう?」ケフカは言った。
ケフカの言葉にセリスは耳を疑った。
ケフカは続けた。
「お祝いにこれをプレゼントするよ。」
ケフカは小さな箱を取り出して、開けた。
セリスが見たことの無い色をした、怪しく輝く宝石。
ケフカはその石を取り出してセリスに見せる。
宝石はペンダントの飾りで、鎖がジャラリと垂れ下がった。
「中をご覧?」
ケフカは囁いた。
セリスは操られているかのように、素直に石の中を見つめる。
石の中には小さな羽の生えた人型の影が見えた。
セリスにはそれが何なのか分からない。
「ピクシー。お前も知っている幻獣さ。」
ケフカは説明した。
「どうだい。僕ら人間にとっては永遠とも思える時間を、石に閉じ込められているんだ。」
「数百年もの間…。美しいだろう?」
ケフカは言った。
揺らめくような石の色と不思議な妖精の影に、セリスも美しいと思った。
が、セリスにはその石が、少し怖いように思われた。
「永遠に……、永遠の美しささ。」
ケフカはそう言うと、ペンダントをセリスの首元に撒きつける。
セリスはケフカに後ろ髪を上げられ、首筋に彼の手が触れても、されるがままであった。
ケフカは器用にセリスにペンダントを付けあげる。
「おめでとう、かわいいセリス。」
ケフカはそう囁いて、去って行く。
セリスはケフカの後姿を見つめながら、廊下にへたり込んだ。
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