何通かの手紙を受け取って、ケフカはさらりとその内容を確認した。
その中に薄いベージュ色の封筒を見つけて、ケフカは心の中で舌打ちをした。
宛名に自分の名が書かれているが、字は殴り書きの様に汚く、その綴りすらも間違っている。
封筒の裏には[マランダ中央孤児院]とだけ印字されており、送り手の情報は書かれていなかった。
ここ最近、同様の封筒が何通も届いていて、ケフカにとってこの件は片付けなければならない事になっていた。
ケフカはやや苛立った表情をしていたが、背を向けていたのでセリスには気付かれなかった。
ケフカは手紙類を机に置いて、再びセリスの前に腰を掛ける。
セリスはケフカを見上げた。
「待たせたな。さあ、何が聞きたいんだ?」
ケフカはそう言って手を組む。
先程までの苛立っていた表情は穏やかなものになっていた。
「ええ…」
セリスは確認したい事を話始めた。
ケフカはそれに対して丁寧に返答していく。
時にはセリスの思い及ばぬ点についても話していった。
セリスはケフカの言葉を一言一句漏らさぬよう、耳を傾けていた。
言葉の1つ1つが染み入るようにセリスの中に入っていった。
ケフカから大きな任務を任せられたという喜びは、それに応えたいという気持ちに変わり、その為には自らが成長しなくてはという焦りに近いものに変わっている。
セリスはケフカの目を真っ直ぐに見て、真剣な表情で話を聞いている。
痛い程真剣な眼差しに、ケフカはセリスの思いを感じ取っていた。
セリスが発する言葉の端々からも、彼女が以前よりも成長していることが分かった。
幾度の困難を乗り越える度にセリスは少しずつ強くなっていった。
絵本を読んで欲しいとせがんでいた小さなセリスは帝国軍の一員となり、遠征中に迷子になった危なっかしいセリスは魔封剣を修め、帝国軍に必要不可欠な将軍の一人となった。マランダで苦戦して泣いていたセリスはその決戦で指揮を執り将軍として勝利をおさめた。
そして今は自分の後継者として、真剣に任務に取りかかろうとしている。
ケフカはそんなセリスの姿のひとつひとつを忘れたくないと思う。
ケフカを知る者であれば、彼のその慈しむような物言いと表情に驚きを覚えるだろう。
ケフカはセリスとの時間を大事にしたいと思った。
PR
時間はあっという間に過ぎ去った。
日が少し傾きつつあるが、話した時間は30分もあっただろうか。
「あと聞きたい事は?」
ケフカは言った。
「ううん。大丈夫。あとは実際にしてみてからね。」
セリスはそう答えた。
が、その瞳は頼りなげに揺れて、声が幾分弱々しい。
(強がっているようだ。)
そうケフカは思う。
セリスには弱気の時に声が小さくなる癖がある。
(そこは治ってないな。)
ケフカは思った。
セリスは大丈夫と言ったが、前任の話を少し聞いただけで、その責を担える程、その仕事は甘くはない。
重責を負う事に対して、不安を抱くのは誰しもにある事だが、セリスには実力が不足しているという引け目があるのだろう。
だから不安を抱きながらも、弱音は吐けないでいる。
ケフカはそう感じたが、セリスはその心中を察する事もなく椅子から立ち上がって、続けた。
「時間を取ってくれてありがとう。ケフカみたいになれるまでは時間が掛かると思うけど、やってみるわ。」
「ああ。」
セリスは気丈な様子を演じて微笑み、出口の方にくるりと体を向けた。
セリスが激務であろうケフカを気遣って気丈に振る舞っていた事までは、ケフカは気が付かなかった。
「本当に、大丈夫なのか?」
セリスがドアへと歩を進めている途中に、ケフカはその背中に問い掛ける。
「うん。」
セリスは顔だけをこちらに向けてそう言った。
「…本当に、大丈夫なのか?」
先程よりもゆっくりとした口調でケフカは再び問い掛ける。
「…うん。」
セリスは背中を向けたまま小さな声で言った。
「本当に?」
ケフカは再び聞いた。
「…。」
三度目の問いにはセリスは答えなかった。
その背中はやや丸まり、肩はか細く見えた。
さっきまでの気丈な言葉とは裏腹に、その後ろ姿は頼りなげで、弱々しい。
(強情な。)
健気な様子にケフカの感情は突き動かされた。
出口への歩みを止めたセリスに、ケフカは立ち上がって一歩、また一歩と近付いた。
ケフカはセリスの後ろに立ち、その肩にそっと手を回した。
少し傾きつつある日が窓から射し込んで、1つの影を作る。
ケフカがセリスを抱き締める格好になる。
不意の事に、セリスは一瞬息を飲んだ。
心臓が早鐘の様に打ち、息苦しくさえ感じる。
「辛ければ俺を頼れば良い。」
セリスが戸惑っているとケフカはセリスの肩に顔を埋めて、耳元に囁いた。
そして少し強く抱き締める。
かすかに温かい吐息と囁く声がセリスの耳に優しく届いた。
セリスは今自分がどうすれば良いのか分からなかったが、ケフカの身体の温もりとその香りに安らぎを覚えた。
本当にわずかな時間、二人の影は重なっていた。
トントン。
静寂を破るけたたましいノックの音に、セリスとケフカは離れた。
「じゃ、また。」
ケフカが言うと
「うん。」
セリスは一言だけ答えた。
セリスはケフカの顔を見る事が出来なかった。
セリスは逃げるように部屋を後にする。
望まれぬ訪問者がドアの前にいて、セリスはぶつかりそうになる。
セリスは小さく「失礼。」と言うのが精一杯だった。
訪問者は面を食らったような顔をしていたがセリスは気が付かなかった。
セリスは下を向いたまま、ズンズンと廊下を歩く。
顔が熱い。
膝が少し笑うような感じがする。
今までに経験したことのないような感情に、セリスは戸惑っていた。
セリスは耳まで赤くしながら、任務へと戻った。
-------------------------